サンティアゴ巡礼が教えてくれた学校では教わらないこと

学校へ行けないならサンティアゴ巡礼・カミーノを歩こうよ!

WRITER
 
羊おしり
この記事を書いている人 - WRITER -
「学校に行けないなら、スペインをひたすら歩く旅に出てみない?」と15歳次女と10歳の弟を連れ、サンティアゴ巡礼(カミーノ)の旅へ行くことにしました。私は英語もろくに話せず、そんな体で子ども二人を連れ、海外の巡礼に行くなんて…、巨大なチャレンジでした。けれど、なんとかして現状の流れを変えたかったのでした。歩き始めの頃は、背中のバックパックが重く、足元はふらつき、疲れと不安のかたまりでした。果てしなく続く長い道のり、日照りや雨風、時には雪!、ごろごろの石道、泥道、草や木に囲まれ、自由に歩きまわる動物、見知らぬ町、様々な国の人々と出会いと別れ、そしてひたすら、ひたすらに歩く日々でした。しかし巡礼終盤になると、子どもたちは、自然の声を、心と身体で聞いているかのようでした。そして『カミーノの住人』と言えるような自由さで、旅の不自由を楽しんでいました。歩いた距離は930km、かかった日数は60日間でした。
詳しいプロフィールはこちら

学校へ行くと頭痛と腰痛が出る

 

新しい制服に袖を通し、ワクワク感でいっぱいの中学校生活が始まった二番目の娘でした。

1年生の頃は、元気に勉強や部活に励んでいました。

それが、中学2年生になった頃から、徐々に活気が無くなってきました。

クラスの中での人間関係が、うまく噛み合わないようでした。

人気アイドルの話がわからない。(上のお姉ちゃんの影響もあり、洋楽が好き)

ケータイを持たせていなかったので(高校から持たせる約束でした)女子グループのラインのやりとりが、わからない。

みんな一緒にショートヘアに髪を切るといった、女子グループの提案に乗らなかったり…。

また、クラスの女子の中では、誰かターゲットを一人決めて無視する…という遊び?が流行っていました。

ターゲットにされた子が泣き出すと

「無視するっていうドッキリをしていたんだよ~!」

という種明かしをするのでした。

娘ともう一人の女子生徒は、ドッキリ遊びにおののき、髪も自分の好きな髪形でいたいと、そのままで過ごしていました。

するとそのうちに、クラスの女子グループから空気のような存在に扱われるようになりました。

中学2年生、14歳という時代は『中2病』という名前があるくらい・・・。

無邪気に、また無神経に、発した言葉や行動で、傷ついたり傷つけたりする難しい年代でした。

 

痛みが出たら薬を飲む・対処療法

 

夏休みが明けると、同じような状況だったもう一人の友だちが、全く学校へ来なくなりました。

この頃から娘は、身体の不調を訴えるようになりました。

学校へ行くと頭痛と腰痛がするというのです。登校したとしても、教室で座っていられず保健室で休むようになりました。

病院でレントゲン、血液検査、CT、心電図の検査を受けたところ起立性調節障害と診断されました。立ち座りの動作で脈拍の調節が適切に働かず、不快な症状が出てしまうということでした。

その原因として挙げられるのが、強い心理的ストレスでした。そのために自律神経の調節機構がうまく働かなくなり、自律神経機能に支配されている血圧や脈拍、血液循環の影響によって、立ちくらみなどの起立失調の症状がでる状態ということでした。

頭痛と腰痛のための痛み止めの薬を処方され、痛みが出たら服用する対処療法で、何とかやり過ごし、通学をしていました。

朝は起きられず遅刻

通学できた日は、保健室のベッドで横になる、早退、

欠席、通院の繰り返しになっていきました。

眉間にしわを寄せ、頭が痛いと言いながらも、とにかく学校へ行こうとする娘でした。

彼女の心と身体が悲鳴をあげているようでした。痛み止めの薬を渡すことしか出来ない私も、先行きの見えない不安で、暗い穴に吸い込まれそうでした。

あんなこと変だよ。みんなと同じようには出来ないよ…。

Chai

学校へ行っても教室に居られず、授業が受けられないのなら、行くのが無駄のように見えましたが、完全に不登校になることへの強い怖れがあったようです。娘は、自分で出来ることの精一杯をしていたのでした。

それでも半年後には、欠席が増えていき、登校が難しくなりました。

このままフィードアウトして、学校へ行けなくなったら、更に辛くなってしまうだろうな。自分を責めてしまうだろうな…。

もう十分頑張ったよね

学校がつらいのなら、無理しないでいいよ。

青白い顔で、笑顔が無くなってしまった娘を見て思いました。

食事を美味しく食べて、よく寝て、笑って過ごしてくれるだけでいいのよ。学校だけが全てじゃないのだから。

Kumi3


 

学校に「行けない」じゃなくて「行かない」

 

この先、家に閉じこもるような生活になると

学校や友だちの情報が耳に入り、焦ったり落ち着かなかったり、SNSの世界にどっぷり浸かるのも心配でした。

どうしたらいい…?

ここを物理的に離れてみようか。

けれど、私たちに田舎はないし…。

一緒に楽しく乗り切れる方法ってないだろうか…。

そうだ、旅に出てみようかな...。

なるべく長い旅。

でも予算はそんなにないナ…。

う~ん、でもここは、かき集めてでも何とかしたい。

学校が気にならないことをしてみたい。

そして...

学校に全く行けなくなる前に、こちらから「行かない」と学校に言ってみようか…。

Kumi3

 

サンティアゴ巡礼、行くなら今だっ!

 

旅に出るとしても、ただどこかに行き、

楽しく過ごすリゾート感覚の旅ではダメだと思いました。

一緒に何かをするような…

チャレンジをするような…

そんな旅がいい。

その時、私は

スペインのサンティアゴ巡礼に行ってみようか・・・。

と胸に浮かんだのでした。

この道は、以前に体調を崩して入院した時、本で読んで知っていました。(『星の巡礼』パウロ・コリーリョ著『カミーノ』シャーリーマクレーン著    )

およそ800㎞を歩く旅です。世界中からリュックを背負い、歩きに来る人々が沢山いるのでした。私もいつか、60歳になったら行ってみようと考えていました。

そうだ!今こそサンティアゴ巡礼に行くのがいいかもしれない…。

Kumi3

しかし、はたして、私と娘が本当に行けだろうか…。

それを私なりに検証してみました。

★この道は本来、カトリックの巡礼路だが、現在はカトリック信者でなくても歩くことができる。(1993年に世界遺産に登録)

★ポピュラーなフランスからの道だと、800㎞40日弱で歩くことができる。

★宿泊費が一人1000円以下。時々、好きな金額でOKの寄付の宿もある。

★パンとチーズとりんごをかじっていれば、一日の食費は1000円と掛からない。

ヨーロッパに長く滞在すると、大変な金額が掛かりそうなイメージですが、このスペインの巡礼の道は、その点では行きやすいことがわかりました。

しかし、800㎞も歩けるのだろうか。中学校も近いため、毎日10分程度しか歩いていないというのに…。

私はもちろん、スペイン語は出来ないし、英語も中学生以下だわ。

そんな状態で、子どもを連れて歩けるのだろうか。

旅先で全財産を盗られたら、どうしよう~!

考え出すと、心配ごとは尽きませんでした。

でも、行くなら今だっ!

ちょうど、私も求職中でした。

またタイミングよく、保険の満期返戻金がありました。

 

「学校を休んで800km歩く旅に出ようよ!」娘の反応は…?

 

中3の4月から学校を2カ月休んで、スペインの道を歩く旅に出てみない?

Kumi3

ええっ?!無理、無理だよ。高校に行けなくなっちゃうよ!!!!

Chai

じゃあ、担任の先生に相談してみようよ。

Kumi3

 

「学校を休んで旅に出ます。」担任の先生の反応は…?

 

娘は、担任の先生をとても信頼していました。

先生は

「あなたが今、大変な状況なのは先生は知っているからね。

正直に言うと、先生一人の力ではクラスを変えられないのだよ。

けれど、

勉強だけは裏切らないから

とにかく勉強に打ち込んでいけば、必ず乗り切れる時が来るから。」と言ってくれていました。

先生も、娘と同じ年頃のお子さんがおられるそうです。同じような状況で、学校から泣きながら帰って来たこともあったよ、と話してくれました。

二か月、学校を休んで、サンチャゴ巡礼というスペインを歩く旅に出てみようと思うのですが・・・?

Kumi3

と恐るおそる聞いてみました。

すると、担任の先生は

それは素晴らしい!

一生で、そんな経験をできるチャンスは、なかなか無い。

今、行けるなら

あなたにとって、尚更いい!

ぜひ、行ってらっしゃい。

2か月でも6か月でも。

高校受験の当日には、日本に居るのでしょう?

問題ないですよ!と言ってくれたのでした。

同年代の娘さんを持っておられる先生の、お姉ちゃんの今の状況をとらえた

人生の大切な事を踏まえた最大のエールでした。

肩の荷が降りました…。

担任の先生の言葉が、大きく背中を押してくれました。

姉ちゃんは

どうせ行くなら2ヵ月じゃなくて、3ヵ月にしてもいいよ…。

Chai

あら!前向きな発言~(^^)/

Kumi3

表情が少し明るくなったお姉ちゃんをみて、やってみる価値があるかもしれない、と思い決心しました。

「では、中学三年生の4月から3か月間、学校を休んで800㎞、リュック背負って歩く旅にでよう。

スペインのサンティアゴ巡礼へ行こう~!」

 

 

「学校を休んで旅に出ます。」校長先生の反応は…?

 

後日、娘と私と二人

「校長室へ来てください。」と連絡がありました。

直接お話をお聞きしたいとのことでした。

わ~、来た来た…。

Kumi3

校長先生は

この中3の大事な時期に、学校を3か月も休むのですか?

こういうことは 前例にない のですよ。

増してや、カトリックでもないのに、カトリックの巡礼ですか?

評定ゼロですよ。

高校受験を考えているのかね?

私は

「評定ゼロ、承知いたしました。家の方針です。」

「旅行に行くなら今じゃなくてもいいでしょう。」

私はひたすら

「家の方針です。

「家の方針です。」「家の方針です。」

「家の方針です。」「家の方針です。」

「家の方針です。」「家の方針です…。」

最後のほうは蚊の鳴くような声で。

もう、その場を逃れたい一心になっていました。

お母さんのわがままに、子どもが付き合わされるのですな。」

校長先生も、変わり者のお母さんと思ったことでしょう。

ただ、気になったのは、

校長先生の言葉の中には、お姉ちゃんが学校へ登校出来ていない状況についてのコメントは、ひと言もありませんでした。

知らないのかな…?

前例が大事なのかな…?

最後は、校長先生の

「では、どうぞ、ご自由にしてください!」

の一言で、その場が終わりました。

私は校長室を後にしながら、足取りもヨロヨロとしていました。

マジで、怖かったわ~。

Kumi3

それとは対照的に娘は

帰ったら志望校に受かってやる…。

Chai

キリっとした険しい表情をしていました。

 

 

考えは「お腹の底から笑える生命力のゲット」にシフトする。

 

前例⁈ そんなもの、気にしてどうするの~!

Kumi3


いま、娘はお腹の底から笑える生命力が欲しいのでした。

考えは、学校や受験といったことよりも、

もっと生きていく基本の部分へとシフトしていきました。

だってもう、ここしばらく笑顔を見ていないのだから。

2,3か月歩く旅なら、体力もついて頭痛、腰痛もよくなるんじゃない?

Kumi3

うん、そうかもね…。でも、弟はどうするの?

Chai

あ~!、そうよね、置いていく訳にはいかないわよね~!

Kumi3

そうして弟が、サンティアゴ巡礼に連れられて行くことになりました。

お姉ちゃんと弟、4歳違いで生活や遊びで接点が少ないし、きっと、このチャレンジは貴重な経験になるわ!サンティアゴ巡礼にお姉ちゃんと一緒に連れて行くわ!

Kumi3

へ?何それ?歩く旅?ゲームできるかなぁ??

Den

何にも知らない弟…。

小学5年生で10歳の弟は、小学校の先生に、

「スペインのサンティアゴ巡礼に行くので3ヵ月学校をお休みします。」

というお話をすると

「帰ってきたら写真を見せてくださいね。頑張って歩いて来てね!」

と先生からの声掛けがあり、それでOKでした。

こうして、母と中3の娘、小5の弟のカミーノ行きが、形になっていくのでした。

 

 

この記事を書いている人 - WRITER -
「学校に行けないなら、スペインをひたすら歩く旅に出てみない?」と15歳次女と10歳の弟を連れ、サンティアゴ巡礼(カミーノ)の旅へ行くことにしました。私は英語もろくに話せず、そんな体で子ども二人を連れ、海外の巡礼に行くなんて…、巨大なチャレンジでした。けれど、なんとかして現状の流れを変えたかったのでした。歩き始めの頃は、背中のバックパックが重く、足元はふらつき、疲れと不安のかたまりでした。果てしなく続く長い道のり、日照りや雨風、時には雪!、ごろごろの石道、泥道、草や木に囲まれ、自由に歩きまわる動物、見知らぬ町、様々な国の人々と出会いと別れ、そしてひたすら、ひたすらに歩く日々でした。しかし巡礼終盤になると、子どもたちは、自然の声を、心と身体で聞いているかのようでした。そして『カミーノの住人』と言えるような自由さで、旅の不自由を楽しんでいました。歩いた距離は930km、かかった日数は60日間でした。
詳しいプロフィールはこちら

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です