サンティアゴ巡礼が教えてくれた学校では教わらないこと

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「学校に行けないなら、スペインをひたすら歩く旅に出ようよ!」と不登校をきっかけに15歳次女と10歳の弟を連れ、サンティアゴ巡礼・カミーノの旅へ行くことにしました。距離は930km、かかった日数は60日間でした。私は英語もろくに話せないというのに、子ども二人を連れて巡礼の旅に行くなんて…、無謀で巨大なチャレンジでした。けれど、なんとかして現状を打破したかったのでした。カミーノ歩き始めの頃、子どもたちは足元はふらつき、背中のバックパックが重く、疲れと不安のかたまりでした。それが日を重ねるごとに、五感がイキイキと働き始め、途中からはすっかり『カミーノの住人』と化していました。果てしなく長い道のりを、日照りや雨風、岩、泥、草木、動物、見知らぬ街、人々に出会いながら、ひたすらに歩いた終盤の頃には、心と身体の声を感覚的に感じていました。そして、幾度となく起きる不思議な出来事、忘れられない言葉、時には悲しい事件、また、最高に幸せな瞬間、それら全てが、カミーノを歩く前から必要な事として編み込まれていたのかもしれない!…と思える出会いと別れの日々でした。
詳しいプロフィールはこちら

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「学校に行けないなら、スペインをひたすら歩く旅に出ようよ!」と不登校をきっかけに15歳次女と10歳の弟を連れ、サンティアゴ巡礼・カミーノの旅へ行くことにしました。距離は930km、かかった日数は60日間でした。私は英語もろくに話せないというのに、子ども二人を連れて巡礼の旅に行くなんて…、無謀で巨大なチャレンジでした。けれど、なんとかして現状を打破したかったのでした。カミーノ歩き始めの頃、子どもたちは足元はふらつき、背中のバックパックが重く、疲れと不安のかたまりでした。それが日を重ねるごとに、五感がイキイキと働き始め、途中からはすっかり『カミーノの住人』と化していました。果てしなく長い道のりを、日照りや雨風、岩、泥、草木、動物、見知らぬ街、人々に出会いながら、ひたすらに歩いた終盤の頃には、心と身体の声を感覚的に感じていました。そして、幾度となく起きる不思議な出来事、忘れられない言葉、時には悲しい事件、また、最高に幸せな瞬間、それら全てが、カミーノを歩く前から必要な事として編み込まれていたのかもしれない!…と思える出会いと別れの日々でした。
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