サンティアゴ巡礼が教えてくれた学校では教わらないこと

世界遺産サンティアゴ巡礼・カミーノ・スペイン巡礼って何?

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サンチャゴ大聖堂正面図
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「学校に行けないなら、スペインをひたすら歩く旅に出てみない?」と15歳次女と10歳の弟を連れ、サンティアゴ巡礼(カミーノ)の旅へ行くことにしました。私は英語もろくに話せず、そんな体で子ども二人を連れ、海外の巡礼に行くなんて…、巨大なチャレンジでした。けれど、なんとかして現状の流れを変えたかったのでした。歩き始めの頃は、背中のバックパックが重く、足元はふらつき、疲れと不安のかたまりでした。果てしなく続く長い道のり、日照りや雨風、時には雪!、ごろごろの石道、泥道、草や木に囲まれ、自由に歩きまわる動物、見知らぬ町、様々な国の人々と出会いと別れ、そしてひたすら、ひたすらに歩く日々でした。しかし巡礼終盤になると、子どもたちは、自然の声を、心と身体で聞いているかのようでした。そして『カミーノの住人』と言えるような自由さで、旅の不自由を楽しんでいました。歩いた距離は930km、かかった日数は60日間でした。
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「サンティアゴ巡礼」「スペイン巡礼」または「カミーノ」

 

「サンティアゴ巡礼」は、別称「スペイン巡礼」または「カミーノ」と呼ばれています。

実際にスペインを歩いている時に耳にした、世界中から来た人々の呼び方は「カミーノ」でした。

スペイン語で「道」という意味です。

この巡礼の道の目指すゴールは、サンティアゴ・デ・コンポステラ (星の野原) の地にそびえ立つ

サンティアゴ大聖堂 です。

ここは、エルサレム、ローマと並ぶキリスト教の三大聖地の一つです。

 

サンチャゴ大聖堂正面図

巡礼の目指すゴール、サンティアゴ大聖堂(カテドラル)

 

サンティアゴ巡礼・カミーノの歴史

 

何故、スペインの地に、このサンティアゴ大聖堂が建てられたのでしょうか。

道の途中に多くのヤコブ像 がみられます。それは何故なのでしょうか。

それらの元となるカミーノの歴史を、簡単に紹介していきます。

 

カミーノ ヤコブ 最後の晩餐

『最後の晩餐』:レオナルド・ダ・ヴィンチ作

イエスには12人の使徒がいました。ヤコブはキリストの右側で、緑の服を着た長髪の人物です。

ヤコブはイエス亡き後、スペインを拠点としたキリスト教の布教活動を、懸命に続けていました。

しかし、それが思うように運ばす、ヤコブはいったんエルサレムに戻りました。

そして、不幸にもそこで命を落としてしまいます。

ヤコブの弟子たちは、ヤコブの遺骸を舟に乗せ、風の向くままに行き先を任せたところ、スペインの北西部の海岸に流れ着きました。

その後、ヤコブの遺骸の行方は、分からなくなってしまいました。

それから7世紀ほど過ぎた813年、羊飼いが、星の光が導くように輝く野原で、埋葬されたヤコブの遺骸を発見しました。

その地は、スペインのガリシア州に位置するサンティアゴ・デ・コンポステラでした。

その出来事を、当時の国王アルフォンソ2世が重く受け止め、教会を建てることにしました。

 

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia サンティアゴ大聖堂

それが、サンティアゴ大聖堂でした。

 

ヤコブ三種

そして、カミーノを歩く道すがら、様々なヤコブ像を見ることができます。

その後、ヨーロッパ各地からサンティアゴ大聖堂へ、カトリックの信者たちが集まるようになりました。

キリスト教の国々の王たちは、道の整備や巡礼者の保護に努め、カトリックの巡礼を奨励していきました。それは当時、競り合っていたイスラム勢力への対抗策でもありました。

巡礼者の行く先々の町には、教会や修道院が次々と建てられました。それらの建築物は、その時代、その地方の美術様式が見事に反映しています。

実際に歩きながら目にする教会は『屋外の建築博物館』と言いたくなるほど、バラエティに富んでいました。

このカトリック巡礼の道は、スペイン国内だけでなくヨーロッパの各地から、サンティアゴ大聖堂を中心とした蜘蛛の巣状に道が繋がっています。

1993年に巡礼として世界遺産に登録されました。

いまでは世界中の人々が、この道を歩きに来ています。

さらに詳しく知りたい方は、サンチャゴ巡礼友の会の情報を参考にすると良いと思います。

 

サンティアゴ巡礼・カミーノ『フランスからの道』

 

サンティアゴ巡礼・カミーノの中で、一番ポピュラーな巡礼路は『フランスからの道』です。

 

フランススペイン地図

フランスの国境の町、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから出発し、ピレネー山脈を越え、スペインに入ります。

サンティアゴ大聖堂まで、約800kmの距離があります。

歩き終わるとサンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼事務所で、確かにカミーノを歩いたという巡礼証明書を、手にすることが出来ます。ここでカミーノは終了です。

 

さらにヤコブの軌跡を辿るのであれば、大西洋のフィステラまで道は続きます。

フィステラの海に2人子ども

フィステラの街まで約100㎞です。

ここでも巡礼証明書が発行されます。

このフィステラの海に夕日が沈むのを見届けると、カミーノは終了です。

 

613ムシア サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 海2シルエット 2シルエット

さらに約30㎞行った先のムシアの町の海岸は、

さらなる巡礼の最終地と言われています。

ここでも、また 巡礼証明書 が発行されます。

613ムシア サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 巡礼証明書3

 

 

誰でも歩けるサンティアゴ巡礼・カミーノの道

 

この道は、カトリックでなくても、どの国の人でも、大人でも子どもでも、何歳でも

つまりは、

誰でも歩くことが出来ます。

道すがら、15カ国ぐらいの人々と出会いました。

実際に歩いていて出会った最高齢と最年少

カミーノ カナダ 子ども、おばあちゃん

カナダ人のおばあちゃん78歳。その孫娘8歳でした。

おばあちゃん、娘、孫の親子三代で歩いていました。

 

馬で巡礼する人

カミーノは人だけでなく、自転車、バイク、馬で行く人もいました。犬を連れて歩いている人も、見かけました。

私も自分の家で待つ犬と、いつか来たい!と思い、実際に歩いている人に聞いてみました。

すると「宿を探すのがとても大変!」

とのことでした。

犬がOKな宿は限られていて、時には値段の高いホステルの個室や、キャンプ、又は野宿‼︎ することもあるのだそうです。

 

ロバと歩くおじいさん

犬と歩いているおじいさんは、荷物をロバに持たせていました。上級者~!

ちなみに、世界遺産の巡礼路は、

スペインのサンティアゴ巡礼

日本の熊野古道2つのみです。

外国人に「オオ、ジャパニーズ! Kumano Kumano~!(クマノ、クマノ~)」と声を掛けられ

「カミーノ、カミーノ~!」と言っているのと勘違いし、ずっと会話がちぐはぐになっていたことがありました。

このブログでは、カミーノの日々と生活を、1日ごとの記事で紹介していきます。

 

 

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「学校に行けないなら、スペインをひたすら歩く旅に出てみない?」と15歳次女と10歳の弟を連れ、サンティアゴ巡礼(カミーノ)の旅へ行くことにしました。私は英語もろくに話せず、そんな体で子ども二人を連れ、海外の巡礼に行くなんて…、巨大なチャレンジでした。けれど、なんとかして現状の流れを変えたかったのでした。歩き始めの頃は、背中のバックパックが重く、足元はふらつき、疲れと不安のかたまりでした。果てしなく続く長い道のり、日照りや雨風、時には雪!、ごろごろの石道、泥道、草や木に囲まれ、自由に歩きまわる動物、見知らぬ町、様々な国の人々と出会いと別れ、そしてひたすら、ひたすらに歩く日々でした。しかし巡礼終盤になると、子どもたちは、自然の声を、心と身体で聞いているかのようでした。そして『カミーノの住人』と言えるような自由さで、旅の不自由を楽しんでいました。歩いた距離は930km、かかった日数は60日間でした。
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