サンティアゴ巡礼が教えてくれた学校では教わらないこと

60/60ムシア巡礼証明書で完結、カミーノは永遠に覚えていてくれる

Kumi3
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614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia ケーキホール大
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Kumi3
「学校に行けないなら、旅に出てみようよ!」と不登校をきっかけに15歳次女と弟10歳を連れ、サンティアゴ巡礼・カミーノへ行くことにしました。930kmを60日間かけて歩きました。もちろんカミーノは初めてです。英語もろくに出来ない私は、一体どんな旅になるのか見当もつきませんでした。そんな体で子どもたちを、異国のスペインに連れ出してしまうのですから、本当にチャレンジャーでした(-_-;)。けれど、何かを変えてみたかったのでした。
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6/14(月)ムシア観光日 0㎞/€59 おばあちゃん頻出宿 €35 

 

目が覚めたら8:45でした。アルベルゲは誰もいませんでした。

あ~、まだ眠いわ〜、いくらでも寝れそう。

Kumi3

ChaiとDenも、起きる気配がありませんでした。

起きて~!

と声を掛けるものの、まだ寝ていたい気持ち満載でした。

9時半オスピタレロが

「ここは10時に閉まるよ~。」言いに来ました。

ええっ!

Kumi3

慌てて二人を起こしました。

ワラワラと着換え荷支度をし、キッチンへ行きました。

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 12アルベルゲ

なんとかお茶を入れて飲むことが出来ました。

10時オスピタレロに急かされ玄関へ向かいました。

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 2アルベルゲ前

バックパックを背負い、外へ出ました。

今日は、ムシアの町を探索する予定でした。

カミーノを歩き始めたフランスの町、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから、スペインの巡礼最果ての地、ムシアに居るということは、60日間を歩いた結果でした。

そして今日一日、ムシアの町を見て過ごすことも、巡礼に含まれているのでした。

今までも大きな街、パンプローナ、ブルゴス、レオン、サンティアゴ・デ・コンポステラでは、歩いた翌日に観光日を設け、教会と街の風景を散策してきました。

私たちは明日の朝、バスでサンティアゴ・デ・コンポステラへ戻り、そこからバルセロナへ行く予定でした。

いま玄関を出た公営のアルベルゲは、一泊しかできない決まりでした。

まずは、ムシアの町散策の前に、今日のベッドを見つけないといけないのでした。

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia いぬ

「おや?見慣れない顔だワンッワンッ!」

町なかの犬は、つながれていることもあるんだね。

Den

 

スーパーマーケットで宿情報を得る

 

スペインで、お馴染みのエロスキ・スーパーマーケットを発見しました。

水と果物を買いました。

さて、どうやって宿を探そうか…。

Kumi3

レジでお店の人に「この近くに、泊まるところがありますか?」と聞いてみました。

するとお店の人は「ちょっと待ってね。」と言い、電話をかけ調べてくれました。

それから買い物を終え、お店から出ていくおじさんに声を掛け、何かしら説明をしてくれました。そして…。

「あの人について行きなさい。」と言いました。

ムーチョ・グラシアス!

Kumi3

店員さんにお礼を言いました。

私たちは、おじさんの後を付いて行きました。

エロスキから3分ほど歩き、3階建てのこじんまりとしたペンションの前で、おじさんは足を止めました。

「これだよ。」と、あごを上げて示してくれました。

それからおじさんは、手を振ると行ってしまいました。

ムーチョ・グラシアス!

Chai

ペンションは1、2階に泊まる部屋がありました。3階におばあちゃんが住んでいて、一人でペンションを切り盛りしていました。

おばあちゃんは、部屋を案内してくれました。セミダブルベッドがひとつある部屋が一泊・35ユーロでした。

トイレとシャワーは共同で狭い部屋でしたが、清潔でいい感じでした。

私たちは、アルベルゲ暮らしだったので、個室というだけでも大感激でした。

さらに、キッチンが使えるということもナイスでした。

わーいわーい!二段ベッドじゃな~い!個室だ~い!

Den

部屋をお願いすることにしました。

早速、ペンションにバックパックを置いて、出掛けることにしました。

 

 

ムシアの港町で日向ぼっこ

 

バナナと水を持ち、ムシアの海へ向かい歩き出しました。

通りのパン屋さんで、まだホカホカと温かいエンパナーダ(惣菜パン)を買いました。

 

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 港

港が見渡せる場所がありました。

そこにちょうど良い、木のボードベンチを見つけました。

このベンチは、ごろごろと日向ぼっこをするのに丁度よいのでした。

私のお腹は、まだ調子悪くグワグワした感じでした。

座って休むのに最高ね!

Kumi3

日当たりが良く、見晴らしも広がっていて、とても心地よい風が吹きました。

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 海ボード12

エンパナーダ、温かいうちに食べようよ!

Chai

オッケ~!

あ!飛行機雲!!

Den

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 海飛行機雲

あれっ、Vサインじゃない~

Chai

アハハ、雲が送ってくれたのよ、きっと~!

Kumi3

 

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 海ボード2

あ~、カミーノのが終わったぁ~!長かったけど、短かったナ~。

Den

このベンチはあまりに気持ちよく、昨日の疲れもある私たちは、背中とベンチが磁石のようにくっついて、離れなくなってしまいました。

そこに、2時間ぐらい転げていました。

それから、海沿いにしばらく歩きました。

ムシアの港に立つと風が強く、歩きながら少し疲れるほどでした。

 

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 波止場2614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 波止場1614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 波止場3

港で写真を撮りました。

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 海バック12 

堤防の果てに岩場がありました。

砂浜はなく、裸足で波打ち際を歩くことは出来ませんでした。

 

巡礼終わりのケーキパーティー

 

ペンションに戻ることにしました。

道すがら再び、スーパーマーケットに寄りました。そこでスポンジケーキの台が売っていました。

カミーノ終わりの、お祝いケーキを作ろうよ!

Chai

いいね、やった~!

Den

必要な材料を買い、ペンションに戻りました。

キッチンに材料を並べました。

スポンジ台、イチゴ、チョコレート、生クリームスプレーでした。

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia ケーキ12

Denはチョコレートを削りました。Chaiはイチゴを切り、生クリームでデコレーションしました。

すると、上の階が住まいである宿のおばあちゃんが、階段から降りてきて柱から顔を半分だけのぞかせていました。

「あの子たち、何を作っているのかしら…?」と、興味津々な様子でした。

私は、挨拶をしようかな…と、そちらに目を向けるとサッ!と引っ込むのでした。

そんなことを3、4回繰り返していました。

なんだか漫画みたいウフフ!と笑ってしまいました。

私は、ケーキの進行具合を見ながら、お茶の準備をしていました。

ようやく、嬉しそうな声が上がりました。

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia ケーキホール

ジャ~ン!

カミーノケーキ!!

できた

Chai

では、みなさん!カミーノ完歩、巡礼終わりのケーキパーティーを始めま〜す!

Kumi3

うわ~い、ケーキケーキ!でっかく切って!

Den

いっただきまーす!

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia ケーキ食べる2

うまい、うま~い!

大人の打ち上げは、ビールで乾杯ですが、子どもたちの打ち上げとして、盛り上がるのはケーキでした。

買った材料を切って飾っただけの簡単なものですが、自分たちで作ったケーキはイチゴがいっぱいで、カミーノ終わりのパーティーにふさわしいものでした。

 

ねぇ、カミーノどうだった?

Denが思うのはね、スペインのお菓子って最高ってことかな!

Den

ママの行くよ!という声に、訳もわからず来たんだけどね。校長先生が「受験生なのに!」って何回も言うから、絶対に全部歩こうと思ったんだ。そして、歩けちゃった!カミーノが終わることが本当に寂しいな…。

Chai

ママは、ここ数年仕事や資格の勉強で忙しく過ごしてしまってね。一緒に暮らしていながら、ChaiとDenの大事な小っちゃい時代をよく見てあげられなかったな~、と残念に思っていたの。

カミーノでたくさんの時間を一緒に過ごして、一緒に頑張って歩いたこと、そして二人とも頼もしくて嬉しかったよ。すごく楽しかった!昨日は辛かったけどね!

Kumi3

 

ケーキ大きいので、おばあちゃんに4分の一あげることにしました。

さっき、のぞいていたしね!

Chai

お皿に乗せ、階段の下へ行き声を掛けました。

降りて来たおばあちゃんは

「いいのよ、いいのよ、いらないわよ~。」と断りました。

無理じいをするのもなんなので、

「そうですか。ではでは~。」と背を向けキッチンへ戻り歩き出すと

「やっぱり、ちょうだい!」と追いかけて来ました。

ケーキを受け取ったおばあちゃんは、気を良くして

「お洗濯するわよ!汚れ物を出しなさい!」と言ってくれました。

普段、手絞りで洗えないものを出しました。

とても有り難い申し出でした。

 

カミーノでラストシエスタ

 

DenChaiお祝いケーキランチを食べたあと、シエスタ(お昼寝)をしました。

私も一緒に眠りたかったのですが、日誌に書くことが溜っていました。書いておかないと忘れてしまうのです。

書き終わると、夕方の4でした。

まだChaiとDenは寝ていました。私も1時間ほど、シエスタに参加しました。

ああ、歩き疲れて眠るカミーノのシエスタは、これが最後なのね…。

Kumi3

 

ムシアの町散策

 

いつまでも寝ていたい気もしましたが、明日の朝早くに、サンティアゴの街へバスで向かう予定でした。

バス停の場所を確認し、明るいうちにムシアの町をもっと散策してみたいのでした。

歩き出しました。

早速、Denは公園を見つけました。

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 公園12

わ~い!ブランコ、ブランコ~!

Den

天気は良いのですが、長そでに上着を着るぐらいでないと肌寒いのでした。

 

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 町柵12

ムシアは港町、大きな錨(いかり)が並べてありました。

 

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 港船

ボートも多く停泊していました。

 

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia オブジェ水着屋根

町なかを、ぶらぶらと散歩しました。

 

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 港と建物

 砂浜があれば、裸足になって歩きたいのですが、海は堤防に縁どりされていました。

バスの停留所を確認しました。

そのすぐ前に、白いコットンの糸を編んで作る、刺繍レース屋さんがありました。

中を見させてもらいました。

わあ、素敵!

Kumi3

 

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 12刺繍屋

お店にいた人と、一緒に写真を撮りました。

 

巡礼カミーノ最後の夕食

 

再びスーパーマーケットへ行き、今日の夕ご飯と明日の朝ごはんを見て回りました。

好きなもの選んでね。ディナーは任せて!

Kumi3

と言うと、ChaiDenはリクエストしてきました。

エビ、エビ!あとマンゴー!

Den

アボガドとオリーブ、ソーセージもいいなぁ!

Chai

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 買い物

エビ、アボガド、トマト、パスタ、ソーセージ、オリーブ、マンゴー、レモンを買いました。全部で13ユーロでお釣りがきました。日本円で約1600円ぐらいでした。

アルベルゲに戻り、キッチンでエビ・アボガドパスタのレモン醤油味を作りました。

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia パスタディナー

おいし~い!

ヨカッタ~!!

Kumi3

 

そこへ、おばあちゃんが洗濯ものを、全て畳んで渡してくれました。

「わあ、ありがとうございます。おいくらですか?」値段を聞くと

「いいわよ、要らないわよ!」と言ってくれました。

わあ!ムーチョ・グラシアス!!

Chai

 

 

ムシア巡礼証明書

 

私たちは、部屋に落ち着きました。

それから、ムシア巡礼証明書を広げてみました。

オスピタレロに言われた通り、名前のところは自分で書き入れました。

613ムシア サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 巡礼証明書1613ムシア サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 巡礼証明書2613ムシア サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 巡礼証明書3

ムシア巡礼証明書には、こんなことが書いてありました。

 

ムシア巡礼証明書

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 巡礼証明書

小舟の聖域を選ぶ巡礼者へ

あなたの長い巡礼は終わります。

あなたは貴重な贈り物を受け取ります。

恩赦と不朽の賞の報酬です。

それらを、信仰に付与いたします。

私たちが手にした

3つの巡礼証明書を並べてみました。

606サンティアゴ巡礼クレデンシャルcredential Camino610フィステラ巡礼証明書

サンティアゴ巡礼証明書 フィステラ巡礼証明書

証明書をもらうために歩いている訳ではないけれど…、形になると、嬉しいものね!

Kumi3

 

おばあちゃんの執拗な訪問にへきえき

 

それからシャワーを浴びました。

ドンドンドンッ!

おばあちゃんがドアを叩きました。

シャワーの浴び方、足拭きマットのことなどを教えてくれました。

ハーイ、わかりました。

Chai

おばあちゃんは、バスルームのドアを何回も叩き確認しに来ました。

んん?そんなに来なくても…。

Kumi3

私たちは、部屋へ戻りました。

再びドンドンドンッ!

おばあちゃんは何回もドアを叩き「何かひと言」を言いに来ました。

「スペアベッドを出してね。」「はい。」

「食べ物は持ち込まないでね。」「はい。」

「隣にドイツ人のカップルが来るから静かにね。」「はい。」

「荷物を見せて、食べ物は持ち込んでいないわね?」「はい、食べ物は全部キッチンに置いてあります。」

「スペアベッド出した?   」寝る前に出します。」

「スペアベッド、もう出した?」「あ、まだです。」

「スペアベッド出した?」「あ、無くても大丈夫です。」

「隣の部屋にドイツ人のカップルが入ったから、騒がないでね。」「はい。」

「隣にドイツ人のカップルがいるから、朝は静かにね。」「はい、静かにします。」

「スペアベッドは出した?」「あ、いらないです。」

「ドイツ人のカップルの邪魔をしないでね。」「はい….。」

ていうか、私たちの邪魔をしないでほしい~!!

Chai

もおお!Denたち騒がないってば!

Den

ドンドンドンッ!

あら~、また来たっ!部屋の鍵を閉めて寝る体勢に入ろう。

Kumi3

夜8時半には、ドアの鍵を閉め、引きこもりを決め込みました。

 

 

オイルサーディンのように眠る

 

荷造りを済ませ、ベッドに入りました。

すると、ChaiDenが左右の足にクリームを塗ってくれました。

二人とも私のやり方を真似して、懸命にマッサージをしてくれているのがわかりました。

そのあと、Chaiが背中を指圧してくれました。ずいぶん背中とお腹が楽になりました。

窮屈だけど、これでいいね。

Kumi3

私たち3人は、オイルサーディンのイワシの缶詰めように、ベッドに斜めに横たわりました。

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia 12ベッド

おやすみなさ~い!

 

夜中のトイレでチョコレートを思う

 

私は、夜中に45トイレに起きました。お腹の調子がいま一つでした。

部屋に戻る度、寝ているChaiDenを眺めました。

ああ、そういえば…、2カ月前は、日本に居たのよね。カミーノやスペインのことなど、何も知らなかったのよね…。

Kumi3

そう思うと、ここでこうして寝ている姿が不思議に思えてきました。

しかも、ただスペイン旅行で来て、ここに寝ているのではなく、ChaiとDenの頭と足のなかに、カミーノを930㎞歩いた日々が、履歴として刻み込まれているのでした。

ポンフェラーダで出会った、巡礼仲間のエリカが私たちに言いました。

「チョコが甘いのを知っているというのと

チョコが甘いのを信じるというのは

違うんだよ。

人が体験したものを信じる、という立場で満足しないで

実際に体験して知る、ということは大切でね。

知るということは体験すること。

それはチャレンジすることだよね。

かじってみて、塩辛いチョコレートだってあるかもしれない。

行動して傷ついたり、がっかりする事もある。

けれど沢山の辛い思いや、経験を経たことにより人生の深みが増し、人の気持ちに寄り添うことが、出来るようになるのだよ。」

 

ChaiとDenは、歩きながら聞き耳を立てて聞いていました。

私たちは、カミーノというチョコレートを食べてみたのでした。

ひと箱全部、完食でした。

ChaiとDenのお腹の中にとりこまれたカミーノは、この先どう消化されていくのかしら。そして私自身にとってカミーノは、どんな作用が起きていくのかしら…。

Kumi3

エリカは、何度でも言うだろう。

「もしも、失敗したって、無駄にならないよ。

自分で知って確かめることで

人生は深く豊かになるのだよ!」

 

何かの縁で行ったカミーノ

 

私は、カミーノから帰ってきて、すぐに仕事に就きました。そして、週末の休みごとに写真の整理を始めました。

日付けごとに選別をし、簡単なコメントを付けていきました。私が撮った写真と、Chaiのカメラで撮った写真の合計は、4千枚ほどありました。

それと、日誌をすり合わせ、メモ書きのお金の出入りを計算しました。それは、とても骨の折れる仕事でした。

やっと編集し終わった頃には、6年の月日が経っていました。

その間、ChaiとDenはカミーノに行ったことを、すっかり忘れてしまったかのようでした。目の前の自分の生活に、精一杯走り回っていました。

ああ、出来た~っ!

Kumi3

私は、パソコンで編集したデーターをカラーコピーに印刷し、ホッチキスで止めました。

パチッ!

カミーノアルバムの完成!でした。

ChaiとDenは

「やっと出来たんだね!おめでとう!!」と言うと、パラパラとめくり、

じゃね!

と忙しく、学校やバイトに出掛けて行きました。

6年前のことだもの。まあ、そんなものよね…。

Kumi3

私も淡々としていました。

ところが、意外にも、2010年のあの出発の時、あれだけ誘ってもカミーノに行かなかった長女Raiが(Chaiは2番目。Denは3番目)

どれ、見せて。へえ!カミーノってこんな旅だったんだ。

初めてちゃんと知ったわ!

わぁ~、私も行きたくなった!!

Rai

と、目を皿のようにして、手作りアルバムを見ていたのでした。

そしてなんとRaiは、その3か月後、一人でバックパックを背負い、カミーノに出発したのでした。

そこで、オランダから来た巡礼仲間と運命的な出会いがありました。

お互いを伴侶とし、人生を歩き出すことに決めたのでした!!

結婚します。オランダに住むね!

Rai

なんと!

そんな導きがあったとは!

そして私たちのカミーノも

考えてみれば、何かの縁が起きて、行くことになったのでした。

たまたま、学校に行けないのなら、サンティアゴ巡礼に行ってみようか!という究極のストラテジーでした。

もし、Chaiが何の問題もなく学校へ行けていたのなら、3ヵ月も学校を休んで旅に出る、なんていう選択は起きなかったのでした。

これも、巡り合わせね。カミーノは、Chaiから始まってRaiの未来までも、計算して巡礼に誘導したのかしら?

Kumi3

カミーノは、過去も未来も見渡せる、そんな眼力さえあるような気がするのでした

もちろん、カミーノはスペイン北部の「道」です。

何か言葉を、発する生き物でもありません。

しかし、実際にカミーノを歩いていて、お金を落とした翌日にお金のお布施を貰ったり、願えばオムレツが作れたり、欲しかったコーラや靴がぽっかりと現れたり、失くした本の著者に出会ったり…。

カミーノは、まるで私たちを意思を持って見つめている…。

そう思えてしまうほど、不思議な道でした。

 

カミーノは当り前のことが有難い!

 

そんな巡り合わせで行くことになったカミーノは…。

全てが自分次第でした。

誰かに与えられるのではなく

自分で歩き、疲れ、空腹になったから

最高に食べ物がおいしく

自分がクタクタになるまで歩いたから

休めるベッドがあるだけで最高に幸せなのでした。

ある時、アルベルゲで一緒になったドイツから来たおばちゃんグループが、Denに

「あなたぐらいの年令で、カミーノに来れてラッキーね!いろいろな経験が出来たでしょう。あなた、どんな夢や希望を持っているの?」と聞かれました。

私がなんとか訳し、話をつなげました。

「Denは、どんな夢や希望を持っているのか?って。」

するとDenは胸を張り

Denの夢と希望はね、今日は温かいシャワーでありますように、ってことだよ!毎日、そのことを願って歩いてま~す。

Den

プッ!

笑っちゃいけない、ズレてる…。

Denは(私たちも)、いつもシャワーが冷たかったり、びっくりシャワーだったり、途中でお湯が止まったりと、苦労していました。

ドイツのおばちゃんに、Denの言葉を伝えました。

すると爆笑!そして

「私もよ!」という声が上がりました。

 

普段の日本の生活の中で考えると…、

食べ物に飢えたり、日照りで干からびそうになったり、レバーをひねってもシャワーが水だったり、電気が無かったり…などということは、ほぼ無いのでした。

だからこそ、お腹がすいた時にパンがある、炎天下で水道をみつける、寒い日にアルベルゲに着いて温かいシャワーがある…、

当たり前のことが、なんて有難い!と思うのでした。

そんな日々を、子ども一緒に体験する機会というのは貴重でした。

けれど実際、子連れでカミーノに行くことは、本当に難しいことなのよね。子どもは学校、大人は仕事、そしてまとまったお金も必要。家族の理解も必要…。たまたま、私たちは行く機会に巡り合えたのだけれど…。

Kumi3

 

 

カミーノ、まずは楽しんで!

 

カミーノのアルバムをコピーして、もっとみんなに見せてあげればいいのに!スペインの景色や教会はもちろん素敵だけど、子どもが歩くカミーノって、苦労もいっぱいだけど、やることが面白いじゃない!

Rai

アハハ!そうよね。ケンカしたり、道で寝ちゃったり、犬や虫や公園で、すぐ寄り道しちゃうしね!

Kumi3

しかし、カミーノアルバムコピー本は、コンビニのカラーコピーで作っていました。それは50ページもありました。コピーをする労力も費用もバカにならないのでした。

そして、時代はSNSなのでした。

「カミーノ、興味あるのよ。ブログはないの?」と聞かれ

無いです…。

Kumi3

と、ずっと答えていました。

ならば、6年かかったコピーのアルバム、これは乗りかかったカミーノ船ね。SNSは、よくわからないけれど、ブログにチャレンジしてみるわ~!

Kumi3

そうしてブログにしておけば

いつでも、どこでも、誰でも!

カミーノを楽しんでもらえるのでした。

「へえ~、スペインを歩くと、こんなことが

あるんだ!」

「あ~、親子でこういうケンカ、あるある…。」

「10歳でも歩けるんだね。」

「学校に行けなくなったら、これ、ありかも…。」なんてことも…。

知っていれば、いつか巡り合わせが来るかもしれません。

 

中学校に戻り目線は教室から世界へ

 

Chaiはカミーノから帰ると、すぐ夏休みに突入し、9月から中学校へ通い出しました。

登校しても教室で頭痛、腰痛は出ませんでした。

学年は中学3年生で高校受験を控えていました。

実際、カミーノは学校の評定には何も役立つことはありませんでした。

ただ、変化があったことと言えば…。

Chaiは、クラスの誰が誰を無視したとか、ケータイ、ラインのアレコレ等が

全く、どうでもよくなってしまいました。 

もっと英語を勉強して、いろんな国の人とコミュニケーション取れるようになりたいナ。

Chai

目線は、教室から世界に変わりました。

半径10mの視野が、半径10,000mに広がったのでした。

 

「そんなことを問題にしない人々」とビッグハグ

 

カミーノを歩く巡礼者の多くは

成績とか、学歴とか…、

医者だとか、失業中だとか…、

日本とか、ドイツ、韓国、スペインとか…、

大人とか、子どもとか…、

男とか、女とか…、

病気だとか、健康だとか…、

肌の色が違うとか…、

金持ちだとか、貧乏だとか…、

たくさんの「そんなことを問題にしない人々」に出会いました。

いろんな国の人が、子ども扱いじゃなくて、一人の巡礼仲間として認めてくれたことが、すごく嬉しかった!

Chai

時には、そのどれかを問題にされ、傷つくこともありました。

しかし歩いていると、良いものに修正する流れに必ず出会いました。そんな時、やっぱり「そんなことを問題にしない世界」は確かにあるんだ!と心がうれしくなり、凛としました。

きっと巡礼者は、はじめからそうではなかったと思うのです。一日中重い荷物を背負い、自然にさらされながら、何日も、ひたすら歩きました。

すると余計な物は要らなくなり

余計な考えも要らなくなるのでした。

そうして、ただの人間同士なっていき

疲れをねぎらい、互いの旅の無事を願いながら

ブエン・カミーノ!と口にし

たくさんのビッグハグが生まれたのでした。

524 カミーノ ビアフランカ オスピタレロとハグ523マンハリン カミーノ アルベルゲ ハグ 1オスピタレラ610スペイン巡礼 12 h I フィステラ 611 サンティアゴ巡礼 フィステラ 宿ハウスはぐ1 カミーノ

 

 

カミーノは、まるで生きてるみたいだったよね!

Chai

ほんとね。なんでもお見通しだったわね~。

Kumi3

いつかまた、来るかなあ。

Den

そうね…、わからないわ。けれど、次に来るとしたら、みんな大人になっているわね!

Kumi3

613ムシア サンティアゴ巡礼 最終地Muxia ムシア 水没道 モノ123

2010年6月、巡礼最後の日、私たちは川のような道の前に立ちました。母46歳、Chai15歳、Den10歳でした。

「私たちや巡礼者一人ひとりのことを、カミーノは覚えているのかな?」

613ムシア サンティアゴ巡礼 最終地Muxia ムシア 水没道 モノ

「もちろん!カミーノは永遠に覚えていてくれるよ。確かにここに来たことをね。たとえ、私たちがいなくなったとしてもね!」

 

子連れサンティアゴ巡礼終わりのあいさつ

 

614サンティアゴ巡礼 最終地Muxia サンティアゴ大聖堂

翌朝7時半、ムシア発のバスは、10時にはサンティアゴ・デ・コンポステラに着きました。

もう一度、サンティアゴ大聖堂に会っていこう!

これを言うのも最後だね。

ブエン・カミーノ!

Chai

お~い!カミーノ!!

さよなら!

Den

 

 サンティアゴ大聖堂 スペイン巡礼123

2010年のサンティアゴ巡礼を今頃…?情報が古いじゃない?と思われる向きもあると思います。しかし、伝えたい風景やエピソードをブログにするには、子どもたちが成長するまで寝かせる必要がありました…。

最新の道やアルベルゲ、物価の情報は、他のサイトで詳しく確認できると思います。

ただ、カミーノは

何年経っても歩く距離は変わりません。

私たちは、情報も体力も予算も語学力も貧弱で、おまけにケンカの起こりやすい親子というメンバーでした。それで、毎日が事件と発見の連続でした。

カミーノは、道を歩く旅だったけれど、心の旅でもありました。

そして最後に…。

長いなが~い「子連れカミーノ・サンティアゴ巡礼の60日間のストーリー」を見て読んでいただきまして、本当にありがとうございました!

Kumi3

※また、少しづつ、写真やカミーノのその先の旅などを、あげていきますね (^^)/

 

 

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「学校に行けないなら、旅に出てみようよ!」と不登校をきっかけに15歳次女と弟10歳を連れ、サンティアゴ巡礼・カミーノへ行くことにしました。930kmを60日間かけて歩きました。もちろんカミーノは初めてです。英語もろくに出来ない私は、一体どんな旅になるのか見当もつきませんでした。そんな体で子どもたちを、異国のスペインに連れ出してしまうのですから、本当にチャレンジャーでした(-_-;)。けれど、何かを変えてみたかったのでした。
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