51/60「歓喜の丘」を通り越し心の準備も無くサンティアゴ大聖堂へ
6/5(金)→サンティアゴ・デ・コンポステラ 朝食モリモリ 21.3㎞/€60 レンガの古い神学校@€12×3
朝6時に起きました。
昨日はパスタをたくさん茹で、その残りがかなりありました。出発前、お皿に山盛りにしてワシワシと食べました。
お腹がすいているというより、 今日一日を、なるべく早く歩くため、エネルギーをしっかり取っておかねば!
はたからみたら、朝から食欲旺盛な人たち!と思われたかもしれません。
キッチンでカフェラテ、コラカオを飲みながら、出発までの時間を、5分間だけ味わいました。
サリアから先は6時台に出発!
6時30分、出発しました。
まだ、外は暗い様子でした。
あと二日でサンティアゴの街だね。巡礼が終わるんだね…。
わ~ん! 終わりたくない!まだDenは歩けるよ!!
まだ薄暗い中、巡礼が終わることを惜しみながら歩きました。
道はしばらく舗装路が続きました。
だんだんと畑の広がる田舎道になってきました。
ホセと歩く
途中でホセに会いました。「コンイチワ!」
ホセは少し日本語が話せるのでした。
アルベルゲの怖いおばちゃんと私たちが泊まれるように戦ってくれたり、昨日も険悪な食卓の中、子どもたちをバルに連れ出してくれました。
わ~い! ホセ!! 昨日は花火楽しかったね、うひゃひゃ~!
二人は、しばらく帽子を取り換えっこして歩きました。
トンネルを抜けました。
杉の木の林は、日本の田舎道のようでした。
なんとなく今日は、いつもより道を大切に歩きました。
「Santiago ⇒」の看板がちらほら現れました。
ええっ!あとサンティアゴの街まで12.5㎞!なんだ…。
金網には、小枝で作ったクロスが見えした。
今日はなんとなく、巡礼の終わりを意識して、3人一緒の写真を何回も撮ってしまうのでした。
わあ、飛行機!
途中、3~4か月の赤ちゃんをベビーカーに乗せて巡礼をしている夫婦を見ました。このあと、ママさんがが道端に座り、母乳をあげていました。
通り過ぎる人々が皆、微笑ましく眺めながら通り過ぎていきました。
オレンジの皮のむき方
ちょっと休もうか~。
歩き出して1時間半ほど経ちました。
オレンジの皮のむき方、アラン先生に教わったんだ。
オレンジの上と底を切るのね。
そして、横に切り込みを何ケ所かつけるの。
それから手でむけば、硬いオレンジも楽にむけるんだよね!
庭に花がいっぱいのスペインらしい民家を通りました。
これは、ちょっと謎のオブジェ…。
バルでスパニッシュオムレツとバーガー食べる
途中でバルを見つけました。
オムレツとハンバーガーをオーダーしました。
ハンバーガーは野菜っ気なしの肉だけバーガーでしたが、とってもおいしかったらしく、始めは一つを2人で分けると言っていたのですが、結局もう一つ頼むことにしました。
私はオムレツを頼みました。
このスパニッシュオムレツというのは、各々の家庭により独自の味があるというものでした。
うちは、塩を入れる、うちは入れない。ガーリックを入れる、入れない。玉ねぎを入れる、入れない。ミルクを入れる、入れないと様々でした。
ここのバルのオムレツはどうかしら?
それが気になり頼んでみました。ここのは、ジャガイモと玉ねぎと塩でした。
うん!塩の味付けがいい味、おいし~い!
サリアから先の増える巡礼者
大聖堂まで数キロと迫っているせいか、巡礼者がとても増えてきました。
前も後ろも人が重なり、連なって見えました。
普段なら、ぜんまいの先端の丸まったところを、摘んで食べてみたりするのですが(アーモンドのような味がする)今日はそんな余裕が湧いてきませんでした。
さあ、どんどん行こう!
とにかく距離を稼ごう!
わっ!あんな自転車で巡礼する人いるんだね!
もうそろそろ、今日のアルベルゲに着くね。明日はサンティアゴの街。巡礼のゴールだね!
ChaiとDenは、自然と手をつないで歩いていました。
Gozo・歓喜の丘、モンテ・ド・ゴゾ
アルベルゲが近くなると、人も多くなってきました。
小さなリュックの巡礼者は、バックパックを配達してもらうサービスを利用しているのでした。(それは、最近のカミーノでとてもポピュラーなサービスでした。)
あ、あれが「歓喜の丘」だ~!
モンテ・ド・ゴゾの「歓喜の丘」に着きました。この丘からサンチャゴ・デ・コンポステラの街が見え、巡礼者たちが歓喜の声を上げたという場所なのだそうです。 なんか、曇りのせいかな。サンティアゴの街、大聖堂、見えないね…。
多くの人が巨大モニュメントの前で写真を撮り、そのまわりで休んでいました。私たちも、丘の斜面の草っぱらで休憩することにしました。
丘の下のほうで、針金細工をしているおじさんがいました。
近くまで見に行くと、おじさんはDenに巡礼者の姿をした針金細工をくれました。おじさんは、ずっと針金とペンチで、器用に巡礼者の姿を作っているのでした。
おじさんは、針金細工が出来たそばから、手にした巡礼者に無料であげているのでした。 ムーチョ・グラシアス!
丘を登りながら、もらった針金細工を手の平に乗せ
「へえ、面白いね、上手だね~!」
と3人でとっかえひっかえ眺めました。
するとDenは、急に猛ダッシュで自分のバックパックの所へと行きました。
草の上に座り込み、バックパックをゴソゴソと探り始めました。
そのうち、服や寝袋をそこら中に放り出し、まるでお店を広げているようでした。 あれ~どこだ?拾った1ユーロがあるはずなんだ…。
あった!
やっと見つけ出すと、1ユーロコインを握りしめ、再び猛ダッシュで丘を駆け下りました。
そして、針金細工をくれたおじさんに
グラシアス!
そのコインを手渡しました。
おじさんは、ニッコリ笑って受け取ってくれ、そしてもう一つ針金細工をくれました。
ムーチョ・グラシアス!
ちょうど、そこを白馬の巡礼者が通り過ぎました。
カッポカッポカッポ~!
白馬も素敵だけれど、
Denの気持ちも素敵ね~!
ゴゾのアルベルゲ到着
「歓喜の丘」からアルベルゲへ向かう矢印に沿って歩きました。
野原を横切ると、800人定員のゴゾのアルベルゲがありました。
到着順に置かれたリュックが、蛇のように長々と続いていました。
13時少し前に着きました。
アルベルゲの受付手続きが始まりました。30分ほど並び、自分たちの順番が近づいてきた時、既にチェックインしたKoreaのおじさんが
「ここは、トイレもシャワーも無いよ!」と言いました。
そんなことってある?
中をササッと見てみました。無機質な感じでした。沢山作った箱のようなイメージでした。この近くには、お店もありませんでした。
どうする…?
ChaiとDenの意見を求めるべく、順番を待ちながら作戦会議を始めました。
せっかく着いたけれど、ここに泊まる気がしないのよね…。 Denもなんかヤダ~。人がいっぱい過ぎる! サンティアゴに行っちゃおうよ!だってあと4㎞だよ!
この800人定員の巨大アルベルゲで、シャワーの順番、水道場、洗濯場の確保…、考えただけで気が遠くなってきました。しかも、楽しみな探索が出来るお店も周囲にありませんでした。
けれど、サンティアゴの街に行くのは明日!と決めていました。今日は心の準備がまったく無いのだけれど…。
え~い、サンティアゴの街へ行ってしまおう!
巡礼仲間に書き置き
でも、待って。ピノがここに泊まるかもしれないよ~。
Denは、ピノが大好きなのでした。(ピノはリバディソ・ダ・バイショで出会った日本人のお兄さん。) それじゃあ、張り紙をしていこう。
『ピノ、この先のアルベルゲに行くね。サンティアゴ・デ・コンポステラで会おう。Den、Chai、Kumi3 6/5 』
ノートをちぎってこのように書き、アルベルゲの入り口にバンドエイドで貼り付けておきました。これでDenは、安心したのでした。
心の準備なしサンティアゴに突入!
さて、心の準備もないまま、サンティアゴの街へと突入することにしました。 なるほど…、こうして、大事なシーンは、突然に起きるのね…。
大聖堂へ行くのは明日と決めたのは….。
前日は、余裕を持ってアルベルゲで休養し、アラン先生に教わったヨガ、瞑想などをしてから、ラスト4㎞の道を、くたびれた愛着のある靴で、踏みしめ味わいながら歩こう、と思っていたからでした。
行くよ、出発!
サヨナラ、ゴゾの丘!先に行くね。
「歓喜の丘」を後にしました。
歩き出すとすぐ、道端に「Santiago 」という看板が目に入りました。しかし、町の名前だけで、矢印が無いのでした。少し不安になりながらも、進みました。
今日サンティアゴだ!
なんだか気持ちが高揚してきました。
しばらく歩いたところで、実は3人ともかなり疲れていることに気が付きました。そして、どうも道に迷っているようでした。 あれれ、しばらく矢印、見てないよね…。
あ!あった!地図と矢印があった、ヨカッタ~!
おや?こんな看板発見!
耕運機と馬車も道を通るんだね。
カラカラカラカラ~。
橋を渡る時、必ずやるDenの得意技。
市街地の街歩きは、迷子になりやすく、ことさらに注意が必要でした。
サンティアゴまでのラスト4㎞が長い
サンティアゴの街は思ったよりも大きいのでした。
水道を発見しました。
口を付けて飲まないでよ~!
わかってるってば!
パクリッ、うま~!
クロワッサン生地にチョコ掛け~。
ラスト4㎞がなんて長いのかしら~。
途中で見つけたアルベルゲは、一人一泊10ユーロと書いてありました。
「高~い!」
全員一致で却下しました。
今まで5ユーロや寄付でアルベルゲに泊まって来たのでした。しかも、そこはサンティアゴの街の中心からかなり離れていました。
もう一つのアルベルゲは、もっと街の中心にあるようです。そこを目指すことにしました。
カナリア諸島から来た道案内人
すっかり、街の風景になりました。
しかし、目指すアルベルゲの場所が分かりません。矢印が少ないのでした。
重い荷物と疲れた身体で右往左往していると、4人の男女の若者グループが、声を掛けてくれました。
「君たちどうしたの?」
私は前のアルベルゲで手に入れたサンティアゴ街の地図を見せ
「ここのアルベルゲに行きたいのです。」と指を指しました。
すると、エネルギッシュでスタイリッシュな彼らは、4人頭を突き合わせ地図を覗き込み、あっちこっちを指しながら考えてくれました。
彼らはカナリヤ諸島から来たのでした。どうりでお日様のような明るさを放っていました。
途中まで一緒に歩いて探してくれました。けれど、彼らも途中で地図をひっくり返し、ああでもないこうでもないと一緒に迷子になりました。(当時はグーグルマップなど、まだあまり使っていないのでした。)
「あ、あっちだよ!」とわかるところまで来ると、
「がんばってね!」と言いながらキットカットチョコを差し入れしてくれました。
私たちも
「ムーチョ・グラシアス」とお礼を言い、みんなでハグをして別れました。 いつも、誰かが助けてくれるね!
途中の公園に「クレヨンしんちゃん」らしき、落書きがありました。
わあ!スペインのテレビでやってるんだね‼
神学校がアルベルゲだった!
これ、学校みたいよ~。
アルベルゲって書いてない?宿舎なのかな???
その場所は教会?いや、学校のようでした。
私たちはもっと街の中心まで行ってみようと、学校を通り過ぎました。
今、15時半でした。4㎞の道のりを2時間のあいだ、さ迷っていました。
坂を下り、賑やかな街に入っていきました。
アルベルゲの近くに来ていることは分かっているのですが、決め手が見つからず行ったり来たりしていました。だんだん疲れがピークに達してきました。
ラストの歩きは優雅に行きたいのに~。
あれは? 教会だね…?
じゃ、あれは? 古い市役所かな…? すみません、アルベルゲはどこですか?
「ふむふむ、ついておいで。」
三人はカルガモの親子のように、おじいちゃんの後ろに連なりました。プラプラ揺れるお肉を見ながら。
わぁ、これ鳥?豚?牛?それとも羊??血が袋の底にたまってる…、わわわ…。
一気にアルベルゲよりも、肉の正体に気持ちがシフト...。
すると、途中で別のおじさんが
「アルベルゲ?」と言って道案内を変わってくれました。
あ、何だ…。さっき古い建物、学校がアルベルゲだったのね~。
だいぶ遠回りをしました。
そこは神学校でアルベルゲになっていたのでした。
レセプションに着きました。
「一人一泊いくらですか?」と聞くと
「12ユーロ」と言われました。 ええっ!さっきのアルベルゲより高いね!!
でも、もうここしかないよね。疲れたね…。
もう、とにかく休みたい一心で、ベッドを確保することにしました。
しかし、考えてみれば、こんなクラッシックで立派な建物に泊まるチャンスは、なかなか無いのでした。私たちはチェックインしました。
とにかく疲れた〜!
シャワーを浴びよう!
私とDen は、シャワーを浴びに走りました。
Chaiは、汚れた服のままベッドに倒れこみ、そのまま熟睡してしまいました。
子ども巡礼者の悩み
シャワールームは、広めの顔を洗う洗面台のスペースに、個室のドアが6〜7個並んでいました。
お湯の温度と量は、ともにまあまあでした。シャワーを浴びた後、洗面で髪を整えていると、
Denは、シャワーのドアの外側の取っ手に、脱いだ服と着換えを掛けて、シャワーを浴びていました。
シャワーの中の釘に掛ければいいのに。盗られるものも無いと思うけどさ。 だって、服をかけるところが、高くて届かないんだもん。だから外のドアの取っ手に服を掛けてシャワー浴びてるんだよ。
あら~、そうなの〜! 今頃、気付いたの?ずっとだよ。シャワーのレバーだって、届かない時もあるんだよ。そういう時は人に頼むんだ。
それはそれは…、今までご苦労だったのね~。
手が届かない高さのシャワールームの釘、シャワーレバー、
子ども巡礼者の悩みだったか〜。
ついにサンティアゴ大聖堂!!
ひと休みして、夕方6時ごろ出掛けることにしました。
サンティアゴの街を探索に出ました。
あっ、あれじゃない!
サンティアゴ大聖堂だっ!
わあ、すご~い‼
あぁ!! ついに到着したね~!
まわりには、感激のあまり泣いている人もいました。
私たち、しばらくそこに立ち尽くしました。
これがサンティアゴ大聖堂なんだ!
ここに来るまで、あんなに長く大変な日々だった…。
...。
感動が大きすぎて、言葉に出来ないのでした。
ただ、そこに座り込んで大聖堂を仰ぎ見ていました。
しばらく、そうしていました。
「明日また、ゆっくり見に来ようね。」
「うん!」
「うん‼」
大都会サンティアゴの街はご用心
あのアルベルゲ、もう一泊するよね? そうね~。もうちょっと安い宿ないかしらね~。
ホテル、ペンションの看板を見ながら歩きました。小さなアコモデーションという看板を発見しました。参考までに、値段を聞いてみると、一部屋55ユーロでした。
いまの神学校は、3人で36ユーロでした。
アルベルゲは、プライバシーはゼロだけれど、移動はやめようね。ここは都会だからアルベルゲもお値段が高いのよね~。
広場から階段を降りました。人々がお土産を買ったり、屋台を見たりしていました。
噴水のあるプラテリアス広場の先で、巡礼事務所の場所を確認しました。
明日、私たちもクレデンシャルを提出し、巡礼証明書を受け取る予定でした。
これが巡礼事務所の入り口でした。(現在は移転しています。)
広場ほうへ戻ると、たくさんの屋台がありました。
これは、スパイス屋さん。
わあ!美味しそうなパン屋さん!
これはエンパナーダの切り売りの屋台でした。
それぞれ、好きな味を一切れづつ買いました。
広場の石の壁の前に座り、エンパナーダを食べていました。
すると、スペイン人のおじさんが日本語で話しかけてきました。
「コンニチハ! ワタシタチ トモダチネ。
オミヤゲ オミセ シッテイルヨ~、アンナイスルヨ~!」
わっ、なんか怪しい!!
みんな、すぐ移動よっ!わざわざ日本語で話しかけて来て、お土産屋さんへ連れて行くなんて、お金しぼり取られたら大変!
物売りも、物乞いをしている人もいました。
人だかりに移動すると、コントみたいなお笑いパフォーマンスをしている人たちがいました。サンティアゴ大聖堂の周囲は、いつでもお祭りのようでした。
大道芸人のシルバー像マリア様がいました。
カバンからひょっこり顔を出したお上品そうな犬が
「そうよ、ここは大都会だから、カミーノの田舎町とは違うのよ。ご用心してくださいよ!」と言っているようでした。
スペインでキッコーマン
神学校アルベルゲはキッチンがあり、道具もありました。自炊が出来るのでした。
スーパーマーケットに探索しにいこう!
何があるかな~?
あ、醤油だ!!キッコーマン。
キッコーマン醤油があれば、和食料理ができそうでした。
帰り道、ワクワク~、スキップしながらアルベルゲへ戻りました。
以前の寄付のアルベルゲのディナーで
「ジャパニーズソイソースだよ。」とオスピタレロが勧めてくれました。
お醤油だ、ヤッター!
と料理にかけたところ、焼き鳥のタレのような妙に甘いもので、3人ともがっくりしたのでした。
これをソイソースって言うな~っ!
今回は、日本でもお馴染みのキッコーマンでした。
早速、お米を鍋で炊きました。
アボガド、たことツナの缶詰に醤油をかけました。キュウリとトマトのサラダを添えて。
ただこれだけで、シアワセになりました。
お醤油があるだけで和食でした。
さらに、鍋で炊いたご飯のおこげに、お醤油を掛けて食べました。
ああ、これ。焼きおにぎりだわ。しあわせ!
キッコーマン醤油、サイコー!!
私は、スペインのサンミゲルビールを開けてグビリ!
ついにサンティアゴ大聖堂に来た~!
到着祝いのディナーになりました。
残ったご飯で、お醤油をつけた握り飯を作り、ラップがないのでビニール袋を破いて包みました。
「お醤油おにぎり」は貴重なごちそうの食糧でした。
この古い神学校アルベルゲは、連泊が可能でした。
いつも応援してくれるKoriaのお兄さんも、一緒のアルベルゲでした。
「君たち、あした巡礼証明書をもらうなら、朝9時前には巡礼事務所に着いたほうがいいよ。そうすれば、待たなくてすむからね。」と教えてくれました。
ナイスな情報、ありがとう!!
ベッドは横三並び
三人、3つベッドが並んでいました。ここは二段ベッドはありません。それが新鮮で安心でした。
チョコレートケーキを一切れつまんでから、歯を磨きました。
うふふ、着いたんだね。本当に!
なんか、じっとしてても笑えてきちゃうね。
ピレネーの山越えが、すごく昔のことに思えるね!
おやすみなさい。
DenもChaiもすぐに寝息をたてていました。
私は窓辺に寄り、教会の鐘が明りに照らされているのを見ました。
青い夜の中、金色にもれる光が美しいのでした。
なんて言ったらいいんだろう。
サンティアゴの街に到着することをずっと目指し、フランスの国境の山を越え、800㎞を歩いてきました。
なんて嬉しんだろう!! あの日、踏み出した一歩が、ここまでたどり着いてしまうなんて!
足が限界と感じても止まるわけにもいかず…、
嘆いても仕方がないので、歯を食いしばりながら一歩一歩足を動かし続けた日も、幾度となくありました。
ついにサンティアゴ大聖堂に到着!
やった!
嬉しい!!!
しかし…、それは慣れた日々とのお別れを意味しました。
仕事や学校や家事なんか気にすることもない。
携帯もパソコンも離れ、
夜は、暗くなったら星をみて眠る。
そして朝日の中を歩き出す。
心配ごとは、足と食事と宿だけでした。
私の人生の中で、こんなにシンプルでワイルドでエキサイティングな日々は、後にも先にも無いだろうな…。カミーノを離れるのが淋しい。
私は、憧れのサンティアゴの街で眠るというのに、口角が上がるというよりは、眉毛が下がったような顔をしていました。