サンティアゴ巡礼が教えてくれた学校では教わらないこと

2/60サンティアゴ巡礼スマホもガイドフックも無しで歩く意味とは?

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カミーノ矢印
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「学校に行けないなら、スペインをひたすら歩く旅に出てみない?」と15歳次女と10歳の弟を連れ、サンティアゴ巡礼(カミーノ)の旅へ行くことにしました。私は英語もろくに話せず、そんな体で子ども二人を連れ、海外の巡礼に行くなんて…、巨大なチャレンジでした。けれど、なんとかして現状の流れを変えたかったのでした。歩き始めの頃は、背中のバックパックが重く、足元はふらつき、疲れと不安のかたまりでした。果てしなく続く長い道のり、日照りや雨風、時には雪!、ごろごろの石道、泥道、草や木に囲まれ、自由に歩きまわる動物、見知らぬ町、様々な国の人々と出会いと別れ、そしてひたすら、ひたすらに歩く日々でした。しかし巡礼終盤になると、子どもたちは、自然の声を、心と身体で聞いているかのようでした。そして『カミーノの住人』と言えるような自由さで、旅の不自由を楽しんでいました。歩いた距離は930km、かかった日数は60日間でした。
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4/17(土)→ロンセスバージェス ピレネー山越え  17km/€53   公営石造り@€8×3 

 

オリソンアルベルゲの物干し越しに見た朝焼けは、赤く燃えていました。

オリソン朝焼け

ピレネー山の中腹にあるこのアルベルゲは、いつでも風が強く、雲はスピードを上げて吹き飛ばされていきました。

今日は、山道を17㎞歩く予定でした。

 

 荷物が重いと歩けない

 

朝、アルベルゲの泊まっていた納戸で、バックパックを背負ってみました。

う~ん、重い!まだ減らせるかも….。

Kumi3

厳選して持ってきたつもりの物たちですが、昨日に引き続き、アルベルゲに何点か置いていくことにしました。

置いていったもの : Tシャツ一枚、洗剤とせっけん(シャンプーで代用できる)  リップクリーム(ハンドクリームで代用できる)チェーン鍵、プラスティックのコップ、歯磨きチューブ(ビニールに必要な分だけしぼって残す)

これで少しは軽くなりました。

 

イラストオイル石鹸削減計画

 

サンティアゴ巡礼はスペイン語・英語ダメでもOK!

 

3人は、歩き出しました。

風が強いので、ウインドブレーカーと手袋が必要でした。

 

417 カミーノ スペイン巡礼 ロンセスバージェス山道 12

山の空気って爽やか~。気持ちいいね!

Chai

清々しい牧草地の、なだらかな斜面を登っていくと

 

ピレネー馬3頭

あっ!馬だ!

Den

野生の馬?名前の無い馬?。そういう歌があったね。『A Horse with No Name』のメロディが頭の中に響いてきました。

 

ピレネー残雪2人

万年雪の残る道を行きました。

踏むとバキバキって音がして楽しい~!

Den

 

ピレネー弟谷歩く

石ころゴロゴロの道を行きました。

 

ピレネー石矢印

誰かが、矢印を作ってくれたんだね!

 

ピレネー立て札子どもたち

えっと…。ここを左に行くんだね。

Den

道しるべが、ところどころにありました。

スペイン語や英語が読めなくても大丈夫でした。

カミーノ矢印

サンティアゴ大聖堂、その先の大西洋まで、

この『黄色い矢印』が導いてくれるのでした。

それで、世界中の人が迷わず歩くことが出来るのでした。

言葉が出来ないとダメかと思ったわ~!ああ、ホタテマーク助かる~!

Kumi3

見晴らしの良いところで「ヤッホー!」と叫んだり、歌ったり、たわいのないことをおしゃべりしながら歩きました。

しかし、次第に3人は無口になっていきました。

ピレネー姉座り休む

途中、枯れ草に転がり、ひと休みしました。

あ~、つかれた…。

Chai

深呼吸をして山のエネルギーをもらいました。

そしてまた歩き出す…。

その繰り返しでした。

山の上り下りの17㎞は、普段、山歩きなどをしていない私たちにとって、大変しんどい事でした。

 

スペインの水は飲める?

 

山道に、水道を発見しました!

ピレネー水道

これは、有名な奇跡の水が湧く「ルルドの泉」から100kmも離れていない場所でした。きっとカラダにいい水のはずです。

おいしい水だね!

Den

それぞれ、ゴクゴクと飲み、ペットボトルにも詰めました。

その後もカミーノの道は、巡礼者用の水道が所々に設置されていました。

 

417 カミーノ スペイン巡礼 ロンセスバージェス ピレネーの木

「さあ、もう少しだよ。頑張れ~!」木の家族が応援してくれているようでした。

 

 

フランスからスペイン、国境を越える

 

今朝、朝ごはんの時オリソンアルベルゲで、テーブルにどんぶりが置かれていました。

オリソンカフェ・オ・レカップ

何が出るのかな⁇

Chai

料理やスープが出るのではなく

そこには、並々とミルク入りコーヒー注がれました。

これがフランス流のカフェ・オ・レ」でした。

 

ピレネー山を登り切り、道が下りになって来ました。

417 カミーノ スペイン巡礼 ロンセスバージェス 石の教会1

やっと、建物が見えてきました。

今日の目的地、ロンセスバージェスに着いたようです。

バルを見つけて、入りました。

ミルク入りコーヒー「カフェ・オ・レ」を頼みました。

すると、大きいどんぶりのカップではなく、普通の大きさのカップで出てきました。

しかも「カフェ・レ・チェ?」と言い直して聞き返されました。

あら?スペイン語かな?

Kumi3

コーヒーの違いでわかりました。

いつの間にか、国境を越えていたのでした!

それは、海に囲まれている日本人にとって不思議な感覚でした。

どこからスペインになったんだろう?国境の柵やパスポートのチェックなんかも、無かったよね⁈

Chai

フランスからスペインに入っても、ユーロ紙幣やコインも、そのまま使えるので、これまた不思議な感じがしました。

 

 

アルベルゲが開くまで待たなくちゃダメ?

 

ロンセスバージェスにたどり着いたのが14時でした。

417 カミーノ スペイン巡礼 ロンセスバージェス アルベルゲ入口

アルベルゲの前のベンチに座り、休憩しました。

アルベルゲがオープンするのは16時でした。定員は120名でした。

2時間、ずっと並んでいなくてはいけないのかな~?

Den

…と思ったのですが、

バックパックを順番に並べて置けば、その場を離れても大丈夫でした。この先もアルベルゲが開く前に着いた時は、そのようにしていました。

 

スペインの結婚式

 

私たちは、アルベルゲの近くを散策することにしました。

あらら?

ドッカーン、ドッカーンッ‼︎

古い教会のほうから、大きな音がしました。

なんだろう~?大砲の音みたい。

Chai

教会結婚式

音のほうへ行ってみると…、

結婚式の真最中でした。

417 カミーノ スペイン巡礼 ロンセスバージェス 石の教会結婚式 

美しい新郎新婦とその家族、友人たちが、おしゃれをして集まっていました。音楽が流れると、皆んな踊りながら歓声を上げ、たくさんのリボンや小さなキラキラした色紙をまき散らしました。

見ている人も手拍子をはじめ、お祭り騒ぎでした。

わあ!結婚式って見ているだけで、こちらもハッピーになっちゃうわね~!

Kumi3

 

Bar(バル)からパンを買う

 

散策だけでなく、買い物もしなくては…。

明日のパンを手にいれなくてはいけません。

朝のスムーズな出発のためにも、前日に食料を調達しておくことは、大事なミッションでした。

アルベルゲの回りを探索したのですが、ここは2、3軒のBar(バル)しかありませんでした。

食料品店は見当たらず、バルで分けてくれないかしら?と試しに

パンだけを売ってくれませんか?

Kumi3

と聞いたところ

「OK!」でした。

よかった〜。

バルのおじさんは、カウンター越しに渡してくれました。パン一本€2は割高だけれど、この状況ならぜんぜんオッケー!でした。

(通常なら0.6~1ユーロで買えました。)

この先も、バルというのは本当に便利な存在でした。

レストラン、カフェ、居酒屋、ミニスーパー、トイレ…

いろんな役目を果たしてくれました。

ロンセスバージェスは、他にお店はないけれど、飲み物やチョコレートぐらいなら自動販売機で買うことができました。

 

自動販売機リンゴ

自動販売機でりんごも売っていました。コインを入れるとリンゴがジグザグにころころと転がってくるのが面白くて3つ買いました。

1つ、1ユーロでした。

 

ロンセスバージェスのピルグリムディナー

 

アルベルゲの受付が始まりました。

417 カミーノ スペイン巡礼 ロンセスバージェス アルベルゲ受付

クレデンシャルにスタンプを貰い、パスポートを見せ、宿泊費を支払いました。

その時に「ピルグリムディナーは頼みますか?」と聞かれました。

ピルグリムディナー?なんですか?

Kumi3

それは、巡礼者向けの特別価格の簡易コースディナーでした。

では、と2人分お願いしました。Denは食が細いから、Chaiと分ければ十分でした。

 

「ディナーは7時に集合」と言われ、指定されたバルへ行きました。

ロンセスバーレスフィシュ

ピルグリムディナーのメニューは、ポタージュスープ、フィッシュ&チップス、パン、ヨーグルトでした。

忙しく動き回るウェイターとウェイトレスが、私たちのテーブルを通り過ぎるときに、ヨーグルトやポテトを余分に置いていってくれました。

スペイン語で

「コメコメ!」(食べな食べな!)

ひそひそ声で言い、ウインクをしながら。

みんな自分だけが、秘密に置いてると思ってるんだね。ウフフ嬉しいね!

Chai

私たちのテーブルには、明日の分のヨーグルトまで集まりました。

有難くいただきま~す‼︎

おなかいっぱい食べた後、Chaiがナプキンの紙に

“Thank you so much! “

と、書き置きを残していきました。

 

置いていきます・貰いますコーナー

 

ロンセスバージェスのアルベルゲの地下に

『置いていきます・貰いますコーナー』がありました。

皮靴からパンツ、水着、眼鏡、ゴム草履、変圧器、お弁当箱…

いろんなものが置いてあるリサイクルコーナーでした。

そこでDenは、ヌテラというチョコレートクリームを発見しました。800gガラス瓶入りで、ほとんど残っていました。

「うわーい!」と喜んでいる横で

「重くて持って行けないよ!」と釘を刺しました。

絶対、持って行ける!

Den

と言い張りました。

けれど、手に持って歩くとすぐに

重い…。やっぱり無理だ~。

Den

それで、Denは考えたようでした。

その場で、そのままアイスクリームのように、食べ始めました。

ロンセスバーレスチョコパン

しかし、途中で気持ち悪くなったらしく、残りは全てパンに塗っていくという作戦に出ました。

さっき買ったバケットのあいだに、チョコクリームを特厚に塗りこんでいました。

わあい、明日のランチが楽しみ〜♫

Den

 

私は『置いていきます・貰いますコーナー』のえんじ色ジャケットに目が釘付けになってしまいました。

ロンセスバーレス捨てますコーナー

羽織ってみたら、まあ、ぴったり!

あ~、欲しいなぁ。でも、重くなるわぁ…。

Kumi3

神さま、荷物を軽くするため、Tシャツ、折り畳み傘、せっけん歯磨き粉まで置いてきたこの私が、このジャケットを貰ってもいいのでしょうか…。

と自分の胸に聞いてみました。

「いいのだ!」

神様か欲張りの声かは、わからないけれど…。

もらうことにしました。

ああ~、重くなるのに…。

 

真夜中の怖ろしい事件

 

ロンセスバージェスのアルベルゲは、古い大きな石造りの講堂に、120台もの2段ベッドが並べられていました。

ロンセスバーレス沢山のベッド

あまりに大人数だと、なんだか収容所のような感じがしました。

 

深夜2時過ぎ…。

事件は起こりました。

 

ポンポラーン、ポンポラーン、

ポンポララーン~…。

誰かの携帯の目覚ましが、鳴っていました。

ううん、誰かのアラーム?、うるさいね。早く止めて欲しい~。

Kumi3

それは、深夜の静寂をぶち壊しました。

しばらく鳴り続けていました。

迷惑だね~!

と眉間にしわをよせ、耳をふさぎました。

それは、まだ鳴り続けていました。

そのうち、120台のベッドで眠っていた巡礼者の多くが

暗闇の中、ざわめきはじめました。

「誰だ?」「うるさい~!」「どいつだ?」「止めろ!」

「バカ野郎!迷惑だぞ!」

いろんな国の言葉で怒りだしました。

STOP IT !!

私もいい加減にして~と思いました。

明日、朝早く出たいのに安眠妨害だ~。

すると

ママのケータイじゃない?

Chai

とコソコソした声で言ってきました。

えぇっ?

手探りで足許のショルダーバッグをたぐりよせると

わっ、鳴ってる‼︎

Kumi3

なんと、でした!!!!!!

 

母は顔面蒼白

 

物凄い速さでショルダーバッグを抱え、裸足で寝袋を飛び出し、ラグビー選手のように走って地下のトイレに駆け込みました。

わらわらした大急ぎの手iPhoneを止めました。

自分が顔面蒼白になっているのがわかりました。

ハアハアハア…、私のスマホだとは…。

Kumi3

荒くなった息は、なかなか治まりませんでした。

そのまま1時間以上、トイレにこもっていました。

誰か追いかけて来ないか、恐ろしかったのでした。

 

思えば、カミーノに出る1週間前に、古い折り畳み式のケータイ電話から、スマートフォンに切り変えたのでした。インターネットを繋ぎ、メールを手元で見れたらいいと思ったからでした。

けれど、使い方をマスター出来ていないまま、スペインに来てしまいました。

スマートフォンのアラーム音が、自分の音だという認識をしていませんでした。

すっかり、他の人のアラーム音だと思っていました。

さらに時差があるため、

深夜のド真ん中に鳴ってしまいました。

この事件の後は、スマートフォンを使うのが怖ろしくなってしまいました。

週に一回だけ家族に近況を連絡すると、すぐに電源を落としバックの奥底にしまい込みました。

メールや様々な着信音も、夜中に鳴ったらまずいと思いました。

また、海外でインターネット料金を高額に請求された人がいるという話を、

来た時の空港で耳にしました。

それらも思い出し、スマートフォンの操作が良くわからない状態で、海外で使うことが、さらに恐ろしくなりました。

結局、ガイドブックは初日に失くし、スマートフォン無しで、カミーノを歩くことになるのでした。

子ども2人を引率して歩くというのに…。

あ~、私、ダメダメだ…。

Kumi3

ひどく落ち込みました。

 

中世の巡礼者となる

 

私たちは、

中世の巡礼者と同じスタイルで歩くことになってしまいました。

こだわりを持ち、文明に反骨心を持って、というわけではありません。

いろんなアクシデントが重なり、

そんな 実験めいたことをすることになりました。

そこでふと、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーの町で一足先に出発をしたドイツから来た巡礼者、モニカの言葉を思い出しました。

 

起きることはカミーノの意志

 

「あなたはカミーノに来たのではなく、カミーノに呼ばれたのよ。だから起きる事すべてが、カミーノの意思なのよ。」と言っていたことでした

 この事件に意味があるとしたら、いったいどういう意味だろう…?

自分なりに考えてみました。

 

もしガイドブックがあったなら…

毎晩、

明日のルートは?

主だった建造物は?

名物の食べ物は?

美味しいと評判のお店は?

とチェックを入れ、翌日はそれを探そうとするでしょう。

 

もしスマートフォンがあったなら…

「あ、お姉ちゃんからメールだよ!心配してくれてるよ!」などと言いながらメールの返信を打つでしょう。

ChaiとDenが話しかけて来ても

「ちょっと待っててね、、。」と会話を中断し、返事のメールや写真を送るなど、スマートフォンに向かった作業を、毎日、何かしらするでしょう。

たとえ、短時間に済ませたとしても、

毎日、積み重なっていったら…?

貴重なスペインのカミーノの日々で…?

そうね…。

見方を変えれば、そんなに不安になることでもない…。

昔はこのような状態で、巡礼者は黄色い矢印を見ながらカミーノを歩いていたのでした。

現代の当たり前は、一番上の薄い皮一枚が剥がれて無くなったぐらいのことと思おう。

玉ねぎでもキャベツでも中身は何も変わらないんだ。

つまり、とことんシンプルに歩いてごらん

子どもの先入観の無い目一緒に!

それが カミーノが私に課した課題 なのね!

Kumi3

 

黄色い矢印がある!

 

ガイドブックや、スマートフォンを使わない事で、私たちは、情報が極端に少なくなりました。

けれど、必要以上に知る必要もないと開き直りました。

自分たちなりに感じて歩けばいいんだ!

 

町と宿と距離プリント

★巡礼事務所でもらった一枚の紙「町名・宿泊所一覧コピー」があるじゃないか。

 

610スペイン巡礼 道標 田舎道  カミーノ フィステラ 

道には「黄色い矢印」があるじゃないか。それを見ていけばサンティアゴ大聖堂まで歩けるんだ。

 

515カミーノ マンリー 田舎道 べいさん12 サンティアゴ巡礼

★困ったときは、とにかく人とコミュニケーションを取って、情報を仕入れればいいではないか!

そう思うと、急に気持ちが晴れてきました。

 

地下のトイレから忍び足で、ベッドに戻りました。

みんな眠っていました。

ヨカッタ~!

それに、真っ暗なので、きっと誰にも顔を見られていないでしょう…。

私もあしたに備え眠らなくては…。

 

翌朝、ChaiとDen に、この考えを話しました。

ガイドブックやスマホ無しで、究極にシンプルに歩けば!というカミーノがくれた課題なのよ。

Kumi3

ママって…、すごいポジティブ・シンキングだよね!

Chai

とニラまれてしまいました。

 

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「学校に行けないなら、スペインをひたすら歩く旅に出てみない?」と15歳次女と10歳の弟を連れ、サンティアゴ巡礼(カミーノ)の旅へ行くことにしました。私は英語もろくに話せず、そんな体で子ども二人を連れ、海外の巡礼に行くなんて…、巨大なチャレンジでした。けれど、なんとかして現状の流れを変えたかったのでした。歩き始めの頃は、背中のバックパックが重く、足元はふらつき、疲れと不安のかたまりでした。果てしなく続く長い道のり、日照りや雨風、時には雪!、ごろごろの石道、泥道、草や木に囲まれ、自由に歩きまわる動物、見知らぬ町、様々な国の人々と出会いと別れ、そしてひたすら、ひたすらに歩く日々でした。しかし巡礼終盤になると、子どもたちは、自然の声を、心と身体で聞いているかのようでした。そして『カミーノの住人』と言えるような自由さで、旅の不自由を楽しんでいました。歩いた距離は930km、かかった日数は60日間でした。
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