29/60今歩いてるあなた自身のカミーノが最高! Own Camino
5/14(金)→エル・ブルゴ・ラネル 寝ぼけたDen 17.8km/€14 小ぢんまりした公営で寄付
昨晩、木の間仕切りがあったおかげで、とてもリラックスして眠ることができました。
しかも3人とも下の段のベッドが取れ、落下の心配もありませんでした。
ところが夜中の2時過ぎ、Denが私のベッドに飛び込んできました。
寝袋をひきずり血相を変えて。
どぉしたの??
〇▲★‐□◎gΔ§☆彡◎◆□!!
完全に寝ぼけてるね~。
そのまま、私のとなりでうずくまり、眠ってしまいました。
まあ、よいか~。
朝になり、Chaiの証言によると
待って、待って、まってぇええ~!って叫んでたよ。
Den本人の証言によると ポケットの中に、なめくじや、かたつむり、毛虫、ネバネバチクチクしたものがいっぱい詰まってる夢みた~! あんなに寝心地のいいベッドだったのにねぇ。
ごちそうの副作用
昨日の晩御飯は、久しぶりの手作りディナーでした。
パエリア、ポークソテー、イチゴ生クリームパンケーキ。
スーパーマーケットで買い物ができた上、キッチンがあったものだから、張り切ってご馳走ごはんを作り、お腹いっぱい食べました。
今朝は、Chaiの作ったパンケーキにコラカオ、パエリアの残り、イチゴを食べました。
キッチンをきれいに片付けました。
朝、8時20分、出発しました。
天気はいいけど、空気が寒いね。
パワーはフル充電でした。
犬を散歩中の地元の人とすれ違いました。犬はハーネスをしていないのでした。
古い石橋を渡りました。
橋を渡るときはいつも、何だかちょっぴりワクワクするのでした。
睡眠十分、栄養十分で、今日はたっぷり歩けるかというと、そうでもないのでした…。
昨日、ごちそうを食べたから、今日は疲れっぽいよね~。
ホントね~、身体が重いわ。ごちそうの副作用だね…。
景色が人工的で単調でした。
雨は降っていないけれど、かなり寒くなってきました。
誰かのお墓かな。時々、こういったモニュメントを見掛けました。
3人とも疲れやすく、進みが遅くなっていました。
スペイン巡礼の道は犬が多い!
「何か持ってないの~?腹減ってるんだけど~!」おじさん犬がアピール。
自由な犬が道を占領していました。カミーノを歩いていると、本当に犬が多いのを感じました。それも、猫みたいに自由に路地を歩いて、道で昼寝している犬たちを、どこの町に行っても目にするのでした。
野犬ではなさそうです。いちおう、飼い主が居て所属先がありそうでした。
巡礼に来て犬が苦手だと、けっこうしんどいかもしれないと思うのでした。
犬のほうは、嬉しくて遊んで欲しい!と飛び付いて来ることも有りました。
犬慣れしていないと、時には恐怖を感じてしまうかもしれません。
私たちは、たまたまカミーノに来る一年前から犬を飼い始めていました。初めて、家族で飼った動物でした。
それまでは、犬や猫にほとんど触れ合う機会もなく、触ったり抱いたりするなど、気後れして出来ませんでした。
かわいい~!なんて言いながら撫でるなんて、程遠いことでした。
カミーノに来た時点で、ちょうど犬との暮らしや扱いに慣れてきた頃でした。
犬を飼うなんて、まるでカミーノに来る準備をしていたみたい。犬を怖がっていたら、この道は楽しめないものね!
道端ランチ
朝ごはんをお腹いっぱい食べたとしても、やはりお昼になればお腹が減るのでした。
途中、ベンチに座りランチにしました。いつも通りのシンプルランチにしました。パンとチーズとすももでした。
田舎道が続く
しばらく同じような景色が、続きました。
なんか寒いし、今日の道、飽きてきちゃった~。
はいはい、じゃ取って置きのおやつね!
袋入りの綿菓子。スペインにもありました~。
やっと町が見えてきました。
町の入り口に、クロスのモニュメントがありました。
ドンデ エスタ アルベルゲ?=アルベルゲはどこですか?
家が増えてきました。町に入ったようでした。
気持ちは、アルベルゲ探しバージョンに突入です。
町名と宿泊所のプリントは、ほとんどが公営の宿泊所(アルベルゲ)でした。
民間のアルベルゲは、設備は良いのですが、たいていが割高でキッチンが無い所が多く、さらにバルを併設していることが多いので、思わず出費してしまうのでした。
好きな時にカモミールティーを飲みたいので、できれば公営のアルベルゲに泊まりたいのでした。
一番いいのは公営で寄付のところでした。
1ユーロでも100ユーロでも OK!
任意の金額を箱に入れるのでした。
サンティアゴ巡礼は長旅です。一日にかかる費用はなるべく抑えたいのでした。
私たちは一人1ユーロ、箱に入れていました。
「少なくてゴメンなさいね、助かりました、ありがとう!」と心の中でつぶやきながら。
そんな感じなので、寄付のアルベルゲは、巡礼者からはお金を儲けていないと思われました。
しかし、意外にも充実しているところが多いのでした。
寄付なのに食事まで付くアルベルゲもありました。
そこにはカトリックの懐の深さと、おもてなしの心意気を感じました。
また寄付の宿は オスピタレロの個性 がかなり反映されていて、興味深いのでした。
この町のアルベルゲはどうだろう? アルベルゲの名前はルフィー?Luffy Luffy Luffy...
寄付と書いてありました。町名と宿泊所のプリントをみて、アルベルゲの名前を確認しました。名前を忘れないように、3人は口で唱えながら、街並みを歩きました。
町に着いたのは14時
シエスタの時間!でした。
きれいさっぱりと人がいないのでした。
あ、人影発見!ドンデ エスタ アルベルゲ?
私たちには、わからないスペイン語で返事をもらったとしても、たいてい皆んな大きなアクション付きで、あっち、そっちと示してくれるので、それをヒントに方向を探し当てるのでした。
寄付でキッチンと暖炉のあるアルベルゲ
あった!
寄付のアルベルゲ、Luffyでした。
小さな二階建ての家でした。
中に入ると わあ、暖炉がある!暖か~い。キッチンもあるのね。そして寄付!理想的~!
こじんまりした雰囲気が、いい感じでした。
オスピタレラは穏やかな感じの女性でした。
手続きをした後、しばし暖炉で暖まりました。
ベッドは3人とも下の段にしてくれました。
やった~、ラッキー!落ちる心配なく寝ることが出来るわ!
さあ、ここまで来ればひと安心。
シャワーを浴びて、洗濯をすることにしました。
シャワーの不運
ここのシャワーは、お湯貯めタンク式の湯沸かし器でした。先にシャワーを浴びた私とDenは、温かいお湯にありつくことが出来ました。
ところがChaiが浴びる時には、タンクの中の 温かいお湯が品切れでした。 ギャ~!
しかも、ドアに掛けていたChai の着替えの服が、
ドサッ!
私がドアを開けた瞬間、その服に当たってしまい
ぬれた床に落ちてしまったのでした。
すぐに拾ったのですが、Chaiの着換えは濡れてしまいました。
私たちはぎりぎりの服で旅をしているのでした。冷たいシャワーで冷えた身体に、濡れた服を着るしかないのでした。 もおおお、やだ〜っ!
それからChaiは プン!として口をきかなくなりました。
ごめんね。でも、わざとじゃないの。事故なのよ…。
Chaiは怒ったまま、濡れた服を着ると寝袋にこもってしまいました。
あら~、やっちゃったわ…。
キッチンのお残し品
とりあえず、気分転換に料理をしようと、キッチンへ行ってみました。
わおっ!
何でもそろっていました。
鍋も食器も調味料も!
おまけに
「please take it / 使ってください。」
と張り紙の付いた、前の巡礼者のお残し品がありました。
それらを調査してみると、パン、パスタ、瓶詰め野菜、
そしてお米、酢と塩、砂糖もありました。
そうだ!Chai がすし飯が食べた~いと言っていたっけ…。よ~し。お寿司を作って仲直りだわ!
エンパナーダとの出会い
上に乗せるネタ、具材はどうしよう…。
町へ買い物に出掛けました。広場の向こうにティエンダ(食料雑貨店)が見えました。
そのお店に入ってみると、目についたのは
手作りの大きなおかずパイ。
エンパナーダでした。
魚とハムの2種類がありました。
わあ、美味しそう!
魚のエンパナーダを一切れをお願いすると、その場で切ってくれ、重さを計りました。
こっちの人ってマメね~。ひと切れいくらじゃダメなのかしら。まあ、公平でいいんだけれど…。
トマト、玉ねぎ、ハーブとツナをパイ皮に包んで焼いてありました。
この日、このお店でエンパナーダを知ってから、パン屋、食料品店に入ると、必ず探すようになりました。
見つけると買って味のチェックをするという楽しみが増えました。
あるもので創作寿司
店内を見回り、お寿司のネタを探しました。生ものは諦めです。残念ながら醤油もありませんでした。
ツナ缶、タコの缶詰、イワシのオイル漬け缶、キュウリ、レモンを買いました。
アルベルゲに戻ると
鍋でお残し品のコメを炊きました。いつも、たいてい焦がしてしまうので、今日は、気合を入れて火加減の調節に徹しました。
始め、強火でグラグラと米を茹でるようにして、そのまま3分してから弱火にし、じっくりと蒸し煮。水分が飛んで、なべ底がちりちりっと音がしてきたら、火を大きくして10秒数えました。
ウ・マ・ク・タ・ケ・マ・ス・ヨ・ウ・ニ!
「よし!」と言って火を止め、そのまま、15分蒸らしました。
その間、ツナ缶を塩とレモンとコショウで調味、イワシ缶とタコ缶のオイル切りをしました。
ご飯はどうかな…。
鍋のふたを取ってみました。
ホワ~ンッ!
湯気があがりました。
お米がうまく炊けました!
さて、すし飯を作ります。醤油がない分、このごはんで決まるのでした。酢はワインビネガーでした。砂糖と塩を加え、濃い目のはっきりした味にしました。
洋皿にすし飯を小判のかたちに握り、ツナ、イワシ、タコを乗せました。二列にならべ、一応、寿司っぽい見た目にはなりました。 できた~!
Chai を起こしに行きました。
ささやかなスシパーティー
お寿司、作ったのよ。どう?食べてみて!
わあ、お米!おいしい‼︎ うん、何とか寿司でしょう!
平皿5枚に、10個づつ乗せ、夕方、テーブルでくつろいでいる他の巡礼者たちに
「スシ、どうぞ〜!」とChai がお皿を差し出しながら回ってくれました。
パクッ!と口にほうばり「うまい!」と叫ぶ人。
恐る恐る手を伸ばす人。
「ノーサンキュー」とすまなそうに言う人。
皆んなの反応はそれぞれでしたが、言えるのは、そこにいた20人ほどの国籍も年齢も性別もバラバラの人びとの気持ちが「スシ」というアイテムで、急に近くなったことでした。
Own Camino = オウン カミーノ
スシパーティーが終わり、お皿を洗っていると、買い物をする前に、一言二言、言葉を交わしたアメリカ人女性のジェニファーが
「素晴らしいスシパーティーをありがとう!」と話しかけてきました。彼女は11年に一度、聖なる年にスペインへ巡礼に来ているのでした。
「あなたは、なんでこの巡礼を知ったの?」と尋ねられました。
私は、彼女がアメリカ人だと言うので、ハリウッド女優の名前を出しました。
「シャーリーマクレーンのカミーノという本を読んだよ!」と言いました。伝わりやすいと思ったのでした。
すると、彼女の表情がガラリと変わりました。
「あなは、シャーリーが好きなの?私はきらい!巡礼の伝え方が好きじゃないわ!」と興奮して言いました。
私はアタフタして
「パウロ・コエーリョの星の巡礼という本も読んで、すごい!と思って…。」 と、とっさにほこ先を変えました。
するとジェニファーは、今度は低い声で
「有名人だからって、すごくないわ!」と言いました。
彼女は、とても注意深く、大切そうに「今、歩いている、無名の私たちの…、あなた自身のカミーノ、Own Caminoが何よりも最高なのよ!それは間違いないわ‼」と言いました。
あの人がすごい体験のカミーノをした…。
この人のカミーノはもっとすごい…。
そんな会話は無意味だということ。
Own Camino(オウンカミーノ)
=自分自身のカミーノ
それが最高!
私は、貧弱な英語の聞き取り力です。途中、何度も聞き返し、言い換えてもらい、そうして意味を理解しました。するとジェニファーは、すっかり笑顔になっていました。
アンジェロのクレデンシャル
ジェニファーは
「さあ、ダイニングに行って、ドイツの友人アンジェロのクレデンシャルに、サインをしてあげてちょうだい。」と言いました。
ダイニングに戻り、ジェニファーが目線を投げた先に、ニコニコしたひげのおじさんがいました。
彼は「スシ最高!」と親指を立て、手招きをしながら言いました。
そこに居たChaiとDenもアンジェロおじさんの近くに行きました。
アンジェロおじさんは、Denに向かってペンを差し出し
「この絵の裏にサインをしておくれ。」と言いました。
アンジェロは、自分で描いた魚の絵のキャンパスの裏を、クレデンシャルにしていました。そこには、アルベルゲのスタンプとたくさんの人のサインがありました。
わあ、嬉しいなあ、この中に名前を入れてもらえるなんてね!
Denは漢字で氏名を書きました。アンジェロはそれを不思議そうに眺め、私とChaiにも書いてくれと言いました。
私たちは、それぞれ漢字で名前をサインをすると、まわりに人が集まってきました。漢字がとてもエキゾチックで面白いらしいのです。
なんだか、今日は、スシー、カンジーといった日本文化紹介大会のようでした。
アルベルゲ Luffy の素敵なミサ
皆んなのディナータイムが、終った頃、夜7時半にミサが始まりました。巡礼者の一人だと思っていたおじさんが、実は神父さまでした。
白いミサの服を着て上座に立ったとたん、部屋に急におごそかな空気が流れました。
銀色のワインカップを手に持ち、飲む仕草から始まりました。歌とお話しの後、お皿がまわって来ました。小さなお煎餅が載っていました。巡礼者たちは、一言何かをささやいてお煎餅を取り、お皿を隣の人に渡しました。
私たちはカトリックではないので、お煎餅を取りませんでした。(以前、失敗して学習済みでした。)
お皿を持ち「巡礼が無事に終えられますように。」と言い、お隣にまわしました。お皿が全員に回りました。
再びお話し、歌。
それから神父さまは、胸から何かつまみ出すような仕草をし、それを両手に閉じ込めました。
それから隣の人に、その空気カエル?を逃げないように慎重に手渡すと、何かささやきました。
そうして、空気カエルはバトンのように、人から人へと廻り始めました。
手渡すときに、隣の人を見つめながらささやく人、考え考え頷きながらささやく人、声を詰まらせたようにささやく人、短く号令のようにささやく人…と皆んなそれぞれでした。
私の隣のおじさんは、昨日、バケツサラダを食べていた大きなおじさんでした。耳元で何か祈るようにささやきました。
早口だったので何て言ったのか、わかりませんでした。おじさんは、わからなくても気にしないからね!、というように最後にニコッと笑いました。
おっとと~、おじさんの手の中の空気カエルが逃げないようにっと…。
その見えない何かを手渡す、ちょっとごっこ遊びみたいな仕草を、大人同士が真剣にすることの嬉しさ楽しさも感じていました。
私はおじさんから空気カエルを受け取った瞬間 えッ⁉手の中が温かい…。
これはなにか目に見えない魂?のようなものなのかな??
両手でそれを大事に包み込み、となりのDenの手に、逃げないようにゆっくりと手の隙間を開きながら手渡しました。
この道で感じたこと、晴れただけでも嬉しく、水が飲めるだけでも有難いという気持ちになりました。これからも1日1日を大切に歩きます。
私はいつものママとしてではなく、私個人として淡々と言いました。Denは他人行儀に言う私に戸惑うかな、と思ったらそうでもなく、コクンと真顔で頷きました。
その空気カエルの魂をChaiに手渡しながら、Denなりに何かささやいていました。
そうやって21人の間をまわった魂は、無事に神父さまのもとへ還りました。
それからオスピタレラが20cmぐらいに切ってある、色とりどりの毛糸の束を皆に回しました。
一本取り、隣の人の手首に結んであげるのでした。そして簡単な一言を添えるのでした。
私の番が来ました。隣のおじさんが
「何色がいいかい?」と聞いてくれました。
私はブルーをお願いしました。家で留守番をしている上のお姉ちゃんが好きな色でした。
おじさんが私の手首に結ぶと、それはミサンガになりました。
ミサンガはその後ずっと、その時に結んだまま一度もほどかず、カミーノが終わるまで腕に付けて過ごしました。
おじさんは再び私に、一言をくれました。それは聞き取れました。
「ゴッドプレスユー!あなたに神のご加護がありますように!」と。
わたしはDenの手首に毛糸を結びながら あなたと一緒に巡礼に来れて嬉しいです!
Denは嬉しそうに、コクンと再び頷きました。
そうして、そこにいる全員の手首にミサンガが巻かれていきました。
最後に神父さまの誘導で、皆んなで手を取り、輪になりました。
神父さまが巡礼の無事を祈る言葉を捧げ、ステレオからギターのイントロ、女性ボーカルの曲が流れてきました。それは、ドラマティックなメロディでした。
音楽を聴きながら、ミサは終わりました。
心がこもった素敵なミサでした。終ってからもしばらく胸がジーンとしていました。
このミサは、女性のオスピタレラのさりげなくみんなを気遣い、サポートしている姿のうえに成り立っているのを感じました。
いろいろ聞いてみたいけど、スペイン語が出来ないわ、残念~。
もったいなくて眠れない
夜、寝袋に入ってからも、しばらく眠れませんでした。
部屋の空気は寒かったけれど、寝袋はフカフカと温かく、心もホカホカしています。だから、すぐにウトウトしても良さそうなのですが…。
もったいないのでした。
今夜、ミサで感動した余韻を終わらせることが…。
居合わせた世界中から来た巡礼者が、この小さなミサで心が一つになり祈ったことに奇跡を感じました。
皆んなここに辿り付くまで、500㎞以上歩いていました。爽快な日もあれば耐える日もありました。皆んなそれを体験していることが共感となり、出会って数時間だというのにお互いを信頼できるという感覚を持ちました。
空気カエルを持ちながら思いや希望を、ある人は笑顔で、ある人は考えながら、または声に詰まりながら、真剣にささやく、そんな人たちの横顔を見ました。
ミサの最後で輪になり手を取って祈った時、名前も知らないこのテーブルの人たちを家族のように感じました。
いままで、神社やお寺で「祈る」ということは、自分のお願い事、家族の幸せや健康、成功を願っていました。それを当たり前に思っていました。
今日は、違ったのでした。
他人である皆んなの夢や成功を心から願いました。
そのことに、新鮮な驚きを感じました。ミサンガはそのアイデアの証人でした。
子どもだからってオマメのカミーノじゃない
そしてジェニファーとのキッチンでのやりとりを思い出しました。私はなんだか、カミーノに小さな気遅れがありました。
節約しているから、体験の幅がちょっと狭いのかな…とか。
ガイドブックもスマートフォンもないから、歴史や情報がちょっと不足気味かな…とか。
パウロ・コエーリョやシャーリーマクレーンの記したカミーノは、本となり、世に影響するぐらいのカミーノなので、ちょっと仰ぎみていた…とか。
無名の、今歩いている、あなた自身のカミーノが最高なのよ!
Own Camino!
今日のその言葉もいい意味の衝撃でした。
有名人や、誰のカミーノより
1ミリも下に感じることはないんだ。
子どもたちもそうなのだ。小さいからってオマメのカミーノじゃない。むしろ短い歩幅で歩いているのだから、大人のカミーノの1.5倍は歩いているんじゃないかしら⁉︎
ただ、残念なのは…、子どもたちはこれから中学、高校、受験、部活、バイト…、やる事が目白押しのはずです。
カミーノの貴重な日々の出来事のほとんどを、惜しむ間も無く忘れてしまうでしょう。多分…。
それは、私が日誌に書いて覚えておこう。そうして、いつか見せてあげよう!
(それを、いま、しばらく寝かせたのち、ブログでどんな日々だったかと書き起こし、シェアしているという訳です。私自身も、こんなに毎日さまざまなエピソードがあったとは!!、と驚いているのでした。)
そんなことを考えていたら、眠るのが惜しくなってしまいました。
Own Camino Life・オウン カミーノ ライフ
部屋はベッドが6つ。皆が眠りについて部屋中に、寝息やいびきが響いていました。
やっと眠ろうか、と思ったとき、Denが寝袋を抱え、私のベッドに飛び込んできました。
そして、すぐにグーグーと寝息を立てました。
あら、どしたのかしら?Denのベッドは下の段で、落ちる心配は無いはずなんだけど…。
10歳…、まだまだ甘えたい時もあるんだね。
いいよいいよ、狭いけど一緒に寝よう。
でも、朝になったら西洋人たちがびっくりするだろう。
彼らは赤ちゃんの時から親と子が別の部屋で寝る文化なのです。
「あんな大きい子がママの横で寝てるぞ!」と言われ兼ねないね。(まあペケーニョ、Den は5歳ぐらいに見えるらしいのだけど)
まあ、いいじゃない。
アジア人の我々は、親子「川」になって眠るんだ。それが私たちの文化なのだから。
それも Own Camino Life!
オウン カミーノ ライフ!
東洋人も西洋人も、1ミリも下に感じないってことだよね。