59/60カミーノ最後の歩きで母激しい腹痛、守る側が守られる特別な日
6/13(日)→ムシア 朝ラーメン 38km/€35 公営@€5×3
昨日は、フィステラの海に沈む夕焼けを観届け乾杯したので、寝たのは0時を過ぎていました。
今日は、28kmを歩く予定でした。
遅くとも8時には出発したいわ~。
午前中に距離を稼いでおけば、午後の疲れ具合は、とても楽になるのでした。
ChaiとDenは、ぎりぎり7時20分まで寝かせてあげることにしました。
いよいよ二人を起こし、足にササッ~とクリームを塗りマッサージをしました。
ずっと続けてきた、歩くための足のマッサージ儀式でした。
今日で、最後になるんだわ…。
朝ごはんは、ラーメンにしました。二人ともスペインのスーパーマーケットで時々見つけられるインスタントラーメンが大好きでした。お腹を温めるとともに、今日のやる気を呼び起こすためでした。
フィステラ出発、すぐに迷子!
8時、出発しました。
昨日、フィステラのフェロー岬で、巡礼仲間たちと大西洋に沈む夕焼けを観ました。
カミーノ、またはサンティアゴ巡礼の終了の儀式でした。
巡礼のゴールはサンティアゴ大聖堂です。
私たちは、時間に余裕があったので、さらにその奥のフィステラ、大西洋の海までカミーノを続けたのでした。第二の巡礼終了地でした。
今日行く予定のムシアは、第三の巡礼終了地でした。
海に面したムシアは、ヤコブの縁りの地でもありました。
ヤコブは、布教活動が上手くいかず、自分の力不足を海辺で嘆いていたところ、小舟に乗った聖母マリアが彼の前に現れ、励ましてくれた…という逸話が残る奇跡が起きた地でした。
そこまで歩けば、ムシアの巡礼証明書が発行されるということでした。
ここフィステラからバスで行けば、30分程度で着く距離なので多くの人は日帰りで訪れるのでした。
それゆえに、歩いて行く人は格段に少なくなるのでした。
日本に帰るまで、日にちに余裕があるし、カミーノの最後の最後まで歩いてみたい!
ムシアまで行こうよ。ピノたちも行くって言ってたよ!
ムシアまでの道は、歩く人の数が少ない分、道標や黄色い矢印も少なく、道の整備がほとんどされていないと聞きました。
しかも28㎞の間、お店が無いということでした。食料や水を用意し持って行かないといけないのでした。
そうね、最後の大きなヤマね。チャレンジしてみよう。ここまで巡礼に慣れて来たしね!
曇り空の下、右手に海を見ながら、国道沿いを歩き出しました。
出窓がたくさんある屋根の家が、見えました。
サンティアゴの街で、巡礼仲間からもらったガイドブックによると、
『ガソリンスタンドのところで左折する…。』と書いてありました。
ガソリンスタンドはあったけれど、左に入る道はどこにもないのでした。
きっと次のガソリンスタンドなのだろう??とその先をしばらく歩き続けました。出遅れていたのと、歩き始めで体力もあり、どんどん歩き進めてしまいました。
なんか、違うみたい…。
そうかもね、戻ろうか…。
やっぱり、さっきのガソリンスタンドのことだったんだ…。
でも、ガソリンスタンドのところを左に行く道は、絶対に無かったよ!
ママも、そう思うんだけど…。う~ん、とにかく戻ろう。
ガソリンスタンドから、30分近く歩いて来ていました。
行って戻って60分のロスタイム…。
しかも長距離を歩くには、出発時間が出遅れていました。
貴重な午前の時間なのに、フィステラの街から出ることすら出来ず、右往左往していました。
道標や矢印がどこにも見つからず、人通りも無く、道を聞くことも出来ませんでした。
私たちは、気持ちにあせりが出て来ました。
ふと、見た家のドアに、配達したパンの袋が掛かっていました。
こんな風に主食を届けてくれるサービスがあるんだね。
「あれ?さっき通ったのに、また戻るのかい?さては道に迷ったな!」
黒い犬が、不思議そうに私たちを見ていました。
救世主、ワンダーウーマン!
すると向こうから、巡礼者らしき女の人が歩いて来ました。
チャンスとばかりに駆け寄り、道を聞いてみました。
「あら~、随分と来てしまったね。2キロぐらい戻って曲がるんだわ~。」と言いました。
その人はUターンをして、私たちを先導してくれました。
ムシアへ向かう、左に上がる坂道の入り口まで来ると少し考えて
「私もムシアへ行くわ!」と
その場で行先を変更してしまいました。
ええっ、いいんですか?
Si Si! (いいよ、いいよ!)
彼女のいで立ちは
困った人を助けるワンダーウーマンでした。
そして、いきなり行き先を変更する、風まかせっぷりが、
最高にいい感じ!でした。
その人の名前はカルメンと言いました。
一緒に歩いてくれることになり、とても心強く感じました。
私たちは、4人で歩き始めました。
フィステラ大西洋の街とお別れ
坂道を登り歩いて行くと
大西洋とフィステラの街が眼下に広がりました。
ここで昨日、巡礼仲間たちと手作りパエリヤを食べ、海水浴をし、大西洋に沈む夕焼けを観ながら乾杯し、胸がいっぱいになり、嬉し涙がこぼれました。
さよなら、フィステラ!
フィステラ!楽しかった。また、いつか来るね。
フィステラ、たくさんの思い出をありがとう!
素朴な石造りの教会は、朝の日を背中に受けながら、私たちを送り出してくれました。
ロバくん、一緒に来るかい?
草っぱらにロバがいました。
前にポニーの触り方を教わりました。その時から馬ロバ系には、怖がらずに寄れるようになりました。
カルメンが優しくさわりました。
こんちわ~!
How are you? 元気~?
ポニーは人懐こくて
「ええっ、もう行っちゃうの~?」という顔をしながら、見送ってくれました。
速足カルメン
カルメンは、健脚で速足でした。
私たちの中で一番速足のChaiが、やっと付いて行ける速さでした。
カルメンはムシアまでの道を、力強くけん引してくれました。
「ほらほら、お母さん遅れてるよ。置いて行かれないようにね!」
2頭の犬が、そんな顔で私を見ていました。
10時半、休憩にしました。
チョコビスケットと水を飲みました。
バックパックを下ろしたカルメンは、財布から何かを取り出しました。
それは、成人したハンサムな息子さんと、おしゃれな娘さんの写真でした。
カルメンは、子どもたちが独立したので、自分のカミーノを歩きに来たのでした。
わあ、カルメンもお母さんなんだ!
もっと、たくさんお話しがしたかったのですが、スペイン語なので、身振り手振りで、簡単なことを伝え合うしか出来ませんでした。
休憩が終わり、皆でバックパックを背負いました。
するとカルメンは
「先に行くね!」と自分の足をパンパンッ!と叩き、笑って見せました。
ああ、はい。どうぞどうぞ。お先に行ってください!
カルメンは、私たちの速度に合わせゆっくりと歩いていることが、分かっていました。
カルメンと一緒だと心強いけれど、このままずっと速度を合わせながら歩いてもらったら、きっとカルメンは疲れてしまうだろう…。
ムーチョ・グラシアス!!
カルメンがいて、本当に助かったね!
行き先まで変えて、道案内してくれるなんて!! 嬉しいね!
お腹が変、トイレ休憩の嵐
途中、Denが
トイレ~!、暑い!、上着脱ぐ~!
さらに、普段からトイレの近い私ですが、今日はお腹の調子が変でした。 トイレ休憩ね、待ってて~。 またトイレね。ちょっとね、お腹が変なのよ〜。
もう一回トイレね、ごめんごめん…。
ふ~っまたか…。は~い。
今日は長距離なので、少しでも早く前に進みたいと思っているのですが、今までにないほど、お腹が不調でした。シクシク痛み、便がゆるくなっていました。今朝、日本から持って来た整腸剤を5錠ほど飲んできたのですが…。
まったく…。せっかく最後のカミーノなのに…。
高床式穀物保管庫、オレオ
さらに、カルメンと別れてから道案内の矢印や道標が見つからないのでした。
しばらく未舗装の田舎道が続きました。
家があると、そのまわりには必ず犬がいました。
それらの犬たちは、首輪をしていたりしていなかったりでしたが、ロープや鎖で繋がれている犬はいませんでした。
日本の猫のように、自由に歩き回っているのでした。
また、あった!
左手に穀物保管庫・オレオが見えました。これらはこの地方特有の独自の伝統建築物でした。老朽化がすすんでいて保存にも費用が掛かるそうです。昨今は、手放したり取り壊されたりするものもあるそうです。
そしてまた、自由な犬たちがいました。柵の向こうにも2頭がくつろいでいました。
車の人が教えてくれた道
しばらく田舎道を行きました。
3人は出来る限り注意しながら、ムシア行きの矢印、標識を探しながら歩きました。
田舎道から、しばらくアスファルトの道が続きました。
海に沿って歩いているから、方向は間違っていないよね…。
私たちは、今までの巡礼路で頼りにしていた黄色い矢印をしばらく見ていませんでした。
この道でいいのかな…。
追い越していく車が「頑張れ!」と声を掛けてくれたので、
この道で合っていますか?と聞いてみました。
すると…
「そうだよ、この道をまっすぐ行けばいいのさ!」と教えてくれました。
ああ、ヨカッタ。それを聞いただけで安心ね!
当時の私たちは、スマートフォンを使っていませんでした。現在ならグーグルマップを使って、こんなに迷子になることもないはずですね...。
気が付いたら道が無かった…
私たちは、道をまっすぐに歩き続けました。
けれど、まっすぐ行ったらいいのか、道なりに行ったらいいのか、さっぱり分からない道が出て来ました。
矢印や標識も見あたりませんでした。
さっき、この道を真っ直ぐって、言ってたよね…。
歩き続けると、舗装された道は未舗装の道になっていきました。
あれれ?道が寂しくなってきたわね…。
なんか、草がボーボーだよ…。
完全に行き止まり…。
道が無くなった~。
草野原のど真ん中に、たどり着いてしまいました
仕方ない。この道に入った地点まで戻らないといけないね…。
道を戻ることの虚しさ…。
3人のテンションは、どっと下がりました。
さらに私は、フィステラでお土産をたくさん買ってしまったせいで、いつもよりバックパックがずっしりと重くなっていました。
しかし、いいことも有りました。
雨にならなくて良かったよね!
天候にに恵まれている!!
そんなことだけでも、有難いのでした。
朝のどんよりした暗い空から、晴れて来たのでした。
暑くなり過ぎると、脱水をおこしてしまいそうですが、今日は歩くには最適の気温でした。
大丈夫、時間はたっぷりあるさ!
スペインの夕暮れは、遅いんだもの。
しかし…、
28km!
今日は手強い…。
3人は言葉にはしないものの、今までのカミーノの経験上
まずい展開になっている…
と感じ取っていました。
草の穂たね事件ぼっ発!
今日の道は、いろんな表情を見せてくれました。
しばらくは、舗装された単調な道が続きました。
Denは、道端の草っぱらからひっつき虫(オナモミ)を採っては、私のバックパックに投げつけ、遊びながら歩いていました。
私のバックパックは、知らない間にオナモミが沢山くっ付いていました。
一方、私はわたしで、二人をびっくりさせて休憩の時に笑わせようと、こっそりたくらんでいました。
ChaiとDenのバックパックには、フィステラで買った軽いアルミのコップがぶら下がっていました。
私は草の穂たねをしごき、それを二人のコップにこっそりと入れながら歩きました。
私は、時々お腹が痛むものの、
今日の度重なる迷子、道の不安を『笑い』に置き換え、ムードを変えよう!と思ったのでした。
そして事件は起こりました。
さあ、ここらで休憩にしようか。
Den、やめなよ! でへへへへ〜! あら!Denやったな~!でもね、うふふ!二人ともコップを見てごらん!ジャジャーン!
私はウケると思い、自信満々で白状しました。
ChaiとDenのコップの中に、草の穂たねが乾杯出来るぐらい、たっぷりと貯まっていました。
あ~っ!いつの間に?ギャハハ〜!
私は、Chaiも笑ってくれるかな〜と思いました。
ところが…
えっ?何してるの⁈食べ物を入れるものでしょっ!草のにおいが付くじゃない‼︎
すぐさま、アルミのコップをバックパックから外し、道端に放り投げました。
私は、あまりの剣幕に
ポカン…としてしまいました。
目を丸くしたDenが、ササっ!とコップを拾いに走りました。
私はすぐに ごめん…。
そのあと3人は無言になり、ひたすら歩き続けました。
「どうしたの~? ンメーエら?」
「なんか暗いメエエエ~!」
これ見て笑ってよ、せ~のっ!
お尻~!!
え~なに?あのお尻たち!
普段なら、3人でゲラゲラと大笑いするのですが…
今は、誰も言葉を発しませんでした。
プラス・ユーモアのある人生
そんなに怒ることだろうか…。
歩きながら、考えていました。
私は、Denにひっつき虫やドロボウ草を付けられても、どうってことないのでした。自然の中を歩いているその中での、自然のモノだから。
あ~やられた〜!コラ~!
と、笑って怒るポーズをするぐらいのことでした。
それが飴やガムや毛虫を付けられたのなら、猛烈に怒るだろうけれど。
Chaiは、カミーノに来る前よりも断然ユーモアのセンスが広がったナと感じていました。
カミーノ でたくさんの人々と出会い、そのやり取りの中で、たくさんの笑うシーンを見て来ました。
Chaiってこんなに笑うんだっけ?
というぐらい、よく笑っていました。
そして、よく食べ、よく寝て、よく歩きました。
それで、これぐらいのこと
「ヤダ〜っ!」と一緒に笑ってくれるものと思い込んでいました。
それが外れた時のバツの悪さ…。
迷子で落ち込んだみんなの気持ちを楽しくしようと、下痢っぱらを押してまで頑張ったのですが、逆に怒らせ、雰囲気を悪くしてしまったとは…。
自分のアホさに力を失い、ひどく気持ちが落ちました。
でも、でもさ…。
私はユーモアの感受性の幅が広いと、人生がより楽しく広がると強く思うのでした。
そういえばあの時、サリアで別れた巡礼仲間が教えてくれた言葉。
人に必要なものは…
①愛すること
②尊敬すること
③働くこと
④歩くこと
この4つだよ。
そう言ってくれたアラン先生。
そこに私は…
プラス⑤ユーモアでしょ!
と、付け足したのでした。
しかし… 考えてみれば
今日は出発が遅れ、度重なる迷子で道の不安を感じ、時間が押してきて、さらに疲れも出て、Chaiの気持ちは焦燥感で一杯だったのでしょう。
私とDenが二人して、お気楽に見えたのでしょう。
危機感がないの?そんなことしている場合じゃないでしょ!
カミーノは寛容になるレッスン
けれど、その時の私は
何か掴みかけたものが遠くなっていくような気持ちになっていました。
今日までコントロールのできない自然の中で、果てしない距離を、たくさんのケンカと仲直りをしながら、カミーノを歩き続けてきました
そこでChaiは
あらゆる物事に対し、気楽に構えるようになったナと感じていました。
2ヶ月、900kmの道のりを歩いたのは、寛容になるためのレッスンだったと言っても過言ではない!と思いました。
このあと日本に帰ってから、生活、学校、部活、バイト、仕事など、生きていくうえで沢山の出会いや物事を経験していくでしょう。
寛容な心があれば、たくさんの困難なシーンに直面しても、生きていきやすくなる。自分自身を守る助けになる…と思いました。それがこの出来事で
「錯覚だったかのかな…。」
そう思えてきて、歩きながら涙がにじんできました。
ああ、松ぼっくり…か。
家の近くの神社を、思い出しました。
犬の死骸が道標
それから、再び道に迷いました。
弱った心と身体に、次い々とやっかいな難題が降りかかるようでした。
3人はバラバラの気持ちで、別れ道に立ち尽くしました。
道標がなく、どちらに行けばいいのか見当も付きませんでした。
今までの巡礼路なら、このような交差する道に、必ず黄色い矢印があり、行き先を示していました。
それは、建物や、柱、道の上、縁石など、よく探せば必ず見つかるのでした。
しかし、ここでは表示がどこにも見つからないのでした。
どうしようか…。 黄色い矢印がないよ。どっちにする? 困ったわ。どっちでもいいなら、右に行ってみようか。ガイドブックには、とにかく右のほうへ、と書いてあったからね。
サンティアゴ大聖堂にゴールした後、神学校アルベルゲで、巡礼仲間からもらったガイドブックが何かと頼りになっていました。とはいえ、道は生き物でした。矢印や道標は、道も草や木に埋もれたり朽ち果てたりと、きちんとあったりするわけではなく、状況はいつも変化しているのでした。それにしても、ムシアまでの30㎞は本当に放置されている感じがする道でした。
3人は確信のないまま、右の道を歩き出しました。
5分ほど歩くと
うわっ!なに?ひいっ…。
えっ!いぬ…?どうしたんだろう?
右の道の端に
犬の死骸がありました。
かなり腐敗して、虫がたかっていました。 ひい~っ、戻ろう!! きっとこっちの道じゃないのよ…。
うん…そうだね。この道は違うって示してるんだ…。
私たちは、その場で手を合わせ、合掌をしました。
それから向きを変え、歩き出しました。
怖い、怖い、怖い、コワイ~
いま見た犬の死骸が、怖ろしくて怖ろしくて、逃げるように歩きました。
再び分かれ道の地点に出て、もう一つの道を歩き直しました。
そして、その道は結果的に合っていたのでした。
感じた気持ち、カンを頼りに歩くことは、とても大切なのでした。
3人はしばらく、黙々と歩き続けました。
私は、さっきの草の穂たねコップ事件、さらに犬の死骸の恐ろしさも加わり、どこまでも気持ちが落ち込んでしまいました。
その落ち込みと比例し、どんどん体調が悪化していきました。
お腹の状態は、徐々に痛みが増していました。
ああ~、お腹が痛い、イタタタ…。でも、でも…。Chaiに言っておかなくては…。
私は、30mぐらい先を行く速足のChai に、全身の力をふり絞り、お腹を押さえ斜めになりながら、小走りに追いつきました。そして ママだって今日は今までになく休憩が多くて、さらに道に迷ってしまって、危機感ぐらい感じているわよ。皆んなを楽しくしようと思ってやったのよ。気持ちが楽しくなれば不安も辛さも半減するじゃない!
Chaiは無言でした。
私を一べつすることもなく、歩き続けました。
えっ…、無視?
ガクッ…、
ドサッ!
私の心の中で、何かがぶっ倒れました。
カミーノは見逃さない
私は、いま追いついた時に渾身のパワーを出したので、もう、ヨロヨロになっていました。眉間にしわが寄り、あごが上がっていました。
私は、置いて行かれないように歩くので精一杯でした。
ハアハア、ヒイヒイ…。
畑の奥に、お花畑が見えました。金色に輝き美しくとも、今は気にかけていられませんでした。
見下ろすように伸びた木々の山道が続きました。
道はでこぼこ、水たまりや石がごろごろしていました。
少しでも距離を稼ぎたいというのに、あいかわらず私のトイレ休憩もひんぱんでした。
便は水様状態になり、完全にお腹がぶっ壊れてきました。
ハアハア、ハアハア...。
気持ちも落ちていて、身体に力が入りませんでした。
歩くんだ歩くんだ…。とにかく歩けばいつか着く…。
馬が草原をギャロップしていました。心配そうにこちらを見ていました。
先を行くChaiが徐々に歩みを遅くし、私と肩を並べました。
そして、私が手に持ったペットボトルの水を指し
水…、持とうか?
これはずっと口を訊かなかったChaiの意を決した仲直りの言葉だったのでした。
そこで私は…
なんと!
いいっ!
その時の私は、心身ともに余裕が無く、さらに裏切られた感でいっぱいだったのでした。
せっかくChaiが勇気を出して掛けてくれた、貴重な一言 だったのに…。
そして、この私の愚かな仕業を
カミーノは見逃さないのでした。
断ったそのとたん
私は道に張った根に蹴つまずき、
ベッタ~ン! うぎゃあっ!
地面に全身を投げ出し、まるでヘッドスライディングをした後のようでした。
きっとそれは
「素直に助けてもらいなさい!」
というカミーノからのメッセージが投げ付けられたのでした。
転んだ私にChaiとDenが駆け寄り、助け起こし泥を払ってくれました。ケガはありませんでした。
私は、Chaiのほうから仲直りを仕掛けてくれたことに、そこで気が付きました。
ふう~、イテテ。Chai ありがとう。ペットボトルのお水を持ってくれるの? 助かるわ…。
3人は再び歩き始めました。
私は歩きながら、
とっさに、あんな意地悪な答え方を自分でもするのだナと驚き
自分こそ、寛容になってないじゃないか!と反省してしまいました。
しばらく行くと車で通り過ぎていくおじさんが、声を掛けてくれました。
「ムシアまで行くのかい?あと10㎞ぐらいあるよ。」と言いました。
え~っ!まだそんなにあるの?もう5時すぎてるのに~ッ?
コケ~!遠いぞ、頑張るんだケッ!
ムシアまでの水浸しの道
途中、道が浸水している所に出ました。
先に着いたものの、渡るのを躊躇している老夫婦が居ました。
「あんたがた、どうぞ先に行っておくれ。」と言いました。
どれだけ深いのか、私たちの渡る様子を見てから考えたいようでした。
そ、そうですか。では、お先に行きますね。
やはり、ここは私が一番に渡らないといけません。
水の深さはどのくらいなのか?
さらに…、ワニがいるのか、ピラニアがいるのか、はたまたヒルが出るのか、確認しておかないといけないのでした。
不思議なことに、この時はあんなに痛かったお腹のことを忘れていました。
ズボンを足の付け根の近くまでまくり上げ、山靴はリュックに縛りました。サンダルに履き替え、水の中に足を浸していきました。
うわ、冷たいっ!おっとと!コケで滑るわ!気をつけて!!
オッケー!これ道?川でしょ!
水が澄んでいて、リズムのある流れがありました。魚が泳いでいそうでした。
Chaiちゃん、最後ちょっと深いよ!
オッケー。わ!ほんとだっ。膝の上まである!
よかった。転ばないで渡れたネ!
無事に川を渡り終えると、自然と3人の気持ちは打ち解けていました。
老夫婦は、私たちの渡る様子を見て、水の深さが分かりました。奥さんのほうは、ズボンを脱いでトライするようでした。
激しい腹痛に母ダウン!
川のような道を渡ったあと、田舎道が続きました。
私は水没の道を
3人無事に渡らなければ!
荷物を落とさないようにしなければ!
という緊張感でアドレナリンが噴出していたのでしょう。
腹痛は棚上げされていました。
しかし、しばらく歩き出すと、再び腹痛が追いかけてきました。それは、預けた分を返すように、痛みは激しさを増していました。
私は、道端の木の陰を見つけると う〜ん、5分間だけ寝かせておくれ…。
とにかく、横になりたい!
私はこんなこと、巡礼をしていて初めてでした。
腕時計の秒針を見ながらウトウトしていました。
すると、物凄い風の音がしました。
いや雨の音?スコール?波の音かな?
ゴゴゴゴゴ~!
と大爆音が響いていました。
私の頭の中の音?
ここはトンネルの中なの?
このまま…、
ずっと眠ってしまえたら楽なのに…。
フッ!と気を失いました。
一瞬で、すごく深い眠りに入ってしまったようでした。
そして…
あっ!
と階段を降りる時のような、ガクッと足に響く感覚で目が覚めました。
どれだけ寝てしまったのだろう?
ずいぶんトリップしたように、思ったのだけれど。
ああ、行かなくては…。
起きて歩かなくては…。
そこからが、ぐずぐずして手を付くのもおっくうで起きられませんでした。 ごめんね。5分をちょっと過ぎちゃったね…。
ううん、大丈夫だよ。
私は、なんとか立ち上がると、お腹が楽になっていました。
再び、道を歩き出しました。それでかなり距離を稼ぐことができました。
しかし1時間ほどすると あ〜、やっぱり痛い…。
もう、お腹は全て下ってしまい、カラッポでした。
ただ立って、歩くだけでもしんどいというのに、バックパックを背負わなければいけないのでした。
ロボットのような歩き方になっていました。
ウウーン、オナカがイタイ、イタイヨウ〜
あ~ん、大人も泣いていいですか?
子どもたちに助けられる
Chaiが再び歩く速度をゆるめ、私の近くになりました。
私の体調を察し、考えたようでした。
ママ、ショルダーバッグ貸して。わたし持つよ。
それはカメラや充電器、スマートフォン(使わないけれど)、日焼け止め、眼鏡、スプーン、ナイフなどが入っており、小さい割には肩に食い込む重さでした。
それが無いだけで、随分と助かるのでした。
さらにDenもそばに来ました。
Denも食料の青い袋を持つよ。
それは、パン、チーズ、お菓子、ナッツ、リンゴなどが入っていました。それも、ちょっとした重さがありました。
ハアヒイ…、二人とも、本当にありがとう~。
私は、遠慮や、やせ我慢など出来る状態ではありませんでした。
荷物が減っただけでも、ずいぶんと歩きが楽になりました。
さらに、驚いたことに…
Chaiは私の手を取り、引きながら歩き出しました。
ああ~、すごく助かる、ありがとう!
私は、やっと立っている状態で、フラフラしていました。
いつでも、私のほうが気力も体力もある!と思っていました。
しかし、今日はどれもダメでした。
手を引かれている途中、ふと死ぬ前にChaiに言っておきたいと思いました。
(なんて大袈裟な!しかし激しい腹痛と、重いバックパックを背負い、あと3時間は歩かないといけないという絶望感の真っ只中でした。)
Chai、あんたいつも自分できちんと考えてるのね。その思いやりと行動力があれば充分よ!この先どこでもやっていけるわ。ママが保証する!ハアハア…、イテテ…。
それから、ずっと二人は手を繋いで歩きました。
何年ぶりだろう…、こんなこと。
私は、嬉しさと苦しさで顔がゆがんでいました。
Denも心配し、Chaiと交代し私の手を取り、引きながら歩いてくれました。
Denも疲れてるのに…。いいの?引っ張ってくれると足が出るよ~。
私は、私の助けになりたいというChaiとDenの気持ちを有難く受け取りました。
それは、涙が出るほどありがたい申し出でした。
ママ、大丈夫?
ハアハア、がんばるね…。
今や私の夢と希望は
ベッドに横になること!でした。
杖を持つのすら重い
実のところ、Denも相当に疲れていました。
自分の荷物だけでも重く、いっぱいいっぱいだったのでした…。
それなのに…、
私の青い食料バッグまで、頑張って持って歩く!と申し出ていたのでした。
道の途中… もう、杖が重くて持てないんだ…。
あ、あれムシアの町じゃない?Den、もう少しだよ!
そうじゃないみたい。まだ遠いよ!疲れたよ~。
それからDenは…。
ドサッ!
ううっ、もう無理…。
と、その場に倒れ込みました。
朝の8時に出発し、今夕方の7時でした。11時間歩いていました。
Chaiはその場に立ち尽くし、しばらく考え込んでいました。
辛くて嬉しい特別なカミーノの日
Denの持ってる食料バッグ貸して。持ってあげる。
ありがとう。Denね、へとへとなんだ…。
Denを先頭にし、歩くペースを合わせました。
木がなくなり、草の丘がいくつも見えて来ました。
行き先の見えない砂漠のような丘に囲まれ、あても無い不安な気持ちにさせられました。
ああ…、あとどれだけ歩けばいいのだろう〜。
あっ!矢印があったよ!!
ヨカッタ~!
それを見ただけで、三人の顔はパッ!と明るくなりました。
道は、間違っていないね!あとは、だだ、歩くだけだね!
私のショルダーバッグと食料袋を足すと2㎏以上は有りました。今まで、靴下一足ですら重い…と減らしながら歩いて来た私たちでした。
同じ距離を歩き、同じ様に疲れている小柄な15歳のChaiが、これほどの体力と精神力を発揮して歩いているとは…。
ああ…、すごいことだわ…。
Chaiの後ろ姿に目を見張りました。
巡礼の始めの頃は、体力もなく、表情も失うほどでした。とにかく一日を歩き終えることで精いっぱいでした。
巡礼の終わりになり、体力が付いたとしても、荷物が増え、重さが増すとどれだけつらいか分かるだけに、Chaiの後ろ姿は胸に響きました。
私は全面的に助けられる存在として歩くことになりました。
今までにない 特別なカミーノの一日が起きていました。
ハアハア、お腹がイタイ~、荷物が重い、ああ~苦しい…。イタタタ、けれど…なんか、なんかね…思うの。
これほど 辛いカミーノってある?
そして…
これほど 嬉しいカミーノってある?
Chai、荷物をずっと持ってくれてありがとう。まだお腹が痛くて、私が持つよ、とは言えないわ…。ごめんね。けれど、荷物が減って、歩くことが出来てる。Chaiが助けてくれなかったら、今日は道の途中で野たれ死んでいたかもしれないわ!
牛番のおじさんと、のんきな牛が視界に広がりました。
『笑い』の力!
黄色い矢印があった…。
この道はもう迷わなくて大丈夫!
それは、大きな安心感で、心の支えになりました。
極度の疲れと荷物の重さで苦しみながらも、それを受け入れカミーノを歩き続けているChaiとDenの頼もしい姿も見ました。
わたしも、頑張らなくては!
よしっ!今度こそ、皆んなを明るくするんだ。荷物は持てないけど、少しでも疲れを忘れさせる工夫があるはずだわ!
家の犬のプちゃん、留守番のお姉ちゃん、お父さんの『あるあるカルタ』を作りながら歩きました。
私が一文字、ランダムに選び声を上げました。
『さ!』
さつまいもより さといもが 好きなお姉ちゃん。
『ひ!』
ひゃんひゃんと言うと 座って 両手を振るプちゃん。
『と!』
とりのからあげを 毎日 食べたいお父さん。
さっき、道に転げ泣きが入っていたDenは、
『ま!』毎日コーラを飲みたいDen!ギャハハ~。
すると、今まで疲れてボロボロだったことも、忘れてしまったようでした。
水も、飴も、チョコレートも、コーラも補充してしないというのに、足取りは回復したように動き出しました。
あ、この石、ちょっと透き通ってるよ!
『笑い』という力で疲れをしばし忘れ、歩く集中力が戻ってきたのでした。
ムシアの海が見えた!
草の丘を登りました。
そして下りになった時…
わあ、海!
ここまで遠かったナ…。
ついにムシアに来たんだよ!
イヤッホー!!
思わず走り出しました。
ムシアの道に三人の影を焼きつけろ!
雲は、いつでも私たちをのぞきに来ました。
やったじゃん、あっははは!
ママ、もうすぐだよ!
ムシアの看板があったね!よかった~!!
Chai、重たいでしょ。大丈夫?
うん、大丈夫だよ!ママ、頑張れ!
海岸をのぞむ土手に、一頭の馬がいました。
「Chai、お前さんも疲れてるんだろ。たくさん荷物を持って頑張ったね。ヒヒーン!!」
あんたたちに電話だよ!
束ねた枝木を運ぶおじいさんを、クマみたいな犬が待っていました。
ムシア町に入ってから、カミーノの表示が見られるようになりました。それに沿って歩き続けました。
小高い丘の上に、アルベルゲがありました。たどり着いた時は21時を過ぎていました。
カミーノ最後の日、13時間、道をさまよい歩いたのでした。
スムーズに来れば28㎞でした。
しかし、しょっぱなに3㎞ほど行って戻り(6㎞)、次に草っぱらの行き止まりまで2、3㎞ほど行って戻り(約5㎞)、そして二股の道でも選び違え、引き返していたのでした。
少なく見積もってもプラス10㎞…。
実質、40㎞近くさ迷い歩いていたのでした。
アルベルゲの建物の前から、ムシアの町が見下ろせました。
ああ~、ベッドで横になれる!!
玄関に入り、オスピタレロがクレデンシャルにスタンプを押してくれました。
丁度その時!
プルルルルルルル~
アルベルゲの電話が鳴りました。オスピタレロは手続きを中断し、電話に出ました。私たちは、カウンターの前で待っていました。
すると、オスピタレロは
Japanese?
Mom and two children? I see, I see!
(日本人?ママと子ども二人?わかった、わかった!)
Your phone!
(あんたに電話だ!)
えっ?私に⁈
何てタイミング!
オスピタレロは、電話に出るようにと、私に受話器を渡してくれました。
それは、まるで誰かがここに着いた私たちを見計らい、電話をかけたようなタイミングでした。
それは、ピノからでした。
「朝起きたら11時だったんすよ、出遅れてしまったのでムシア行きはパスします。」
OK!
Denも代わる!
「あさって、サンティアゴの神学校アルベルゲで会おう!それからメノルカ島のホセの家に行こう!」と約束をして、電話を切りました。
すご~い!!、ナイスタイミングだね!
この電話で、カミーノの後、ピノも一緒にホセの住むメノルカ島へ行く事になりました。
ムシアの巡礼証明書をもらう
ここムシアでも、巡礼証明書を発行してもらえるということでした。
わあ!嬉しいな!!
ところがオスピタレロは、名前のところが白紙の巡礼証明書を3人に渡し
「名前を自分で書け!」と言うのでした。
え~!それはなんとも、淋しいわ~。
とにかく、巡礼証明書を受け取り、ベッドに荷物を運びました。
門限まで45分、バルでディナー
私は、もうクタクタでした。
ChaiとDenはクタクタの腹ペコでした。
バルを探そう!今日はご馳走を食べなくちゃいけないね…。
私は、どうしてもChaiとDenに美味しいものを食べさせてやりたいと思いました。このまま、パンをかじるのがかわいそうに思えました。お礼の気持ちとお祝いの気持ちと、それぞれ自分にご褒美が必要でした。
貴重品だけ持ち、バルへ急ぎました。
アルベルゲの門限は10時でした。それまで45分しかありませんでした。
アルベルゲは高台にありました。灯りが見えるほうへ坂を下って行き、一番最初に見つけたバルへ駆け込みました。
とにかく、すぐにできる料理をお願いします!あと、ビールとコーラ2つ!
飲み物がすぐに出て来ました。
わああーい!
Chaiが私に、ビールを注いでくれました。
ChaiとDenは、コーラを持ちました。
今日は最高に頑張ったね~! ついに、カミーノが終わったんだね…。 よりによって、今日が一番長い距離で、一番体調が悪いだなんて。Chai、Den、助けてくれて本当にありがとう!
サル〜!
乾杯‼
すぐに、肉野菜の油炒めと、イカフライ、ポテトフライが出てきました。
熱々でおいそう!
ChaiとDenは大喜びでした。
私の壊れたお腹に、揚げ物はキツイのでした。
イタタ〜、ああ、美味しい!お腹がイタイ、イタタ…。
私はひと口食べて、味を確かめれば十分でした。ビールもひと口飲んで満足!あとは残してしまいました。
ChaiとDenは、わき目も振らずにパクパクと食べ始めました。
うまいっ、うま~い!
私はその光景をみるだけで、ハッピーでした。
ああ~、完食!
ChaiとDenはお腹いっぱいになりました。
時計を見計い、バルを出ました。
帰りは、アルベルゲの高台まで坂道を上って行くのでした。
とりあえず、特別な今日をごちそうで締めたわ…。
私はもう、何もかも出し切ったダシガラのようになっていました。
やはり、お腹はキシキシと痛みました。
ChaiとDenに両手を引っ張ってもらい、四苦八苦しながら坂を上りアルベルゲへと戻りました。
なんとか門限に間に合いました。
Chaiが寝袋を出し、ベッドメーキングをしてくれました。
私はシャワーも浴びず、着換えもせず、そのままドサッ!とベッドに倒れ込み Chai、Denを頼むね…。 うん!分かった!! ママ、おやすみなさい。
私は、そのまま朝まで気を失ったように眠り続けました。