サンティアゴ巡礼が教えてくれた学校では教えてくれないこと。

サイトの紹介

アバター
WRITER
 
ヤコブ像と三人
この記事を書いている人 - WRITER -
アバター
2010年4月、母と15歳娘と10歳息子の3人は、東京からスペインへと向かいました。サンティアゴ巡礼の道(カミーノ)930㎞を歩くためです。期間は60日間、学校は3か月休みました。私と子どもたちは旅生活の中、世界中の人々と出会い、素晴らしい奇跡、また、がっかりな事件…と、学校では教わらないことをカミーノは教えてくれたました。スペインの景色や巡礼の生活風景を写真とともに紹介していきます。
詳しいプロフィールはこちら

Kumi3プロフィール

 

このサイトに来ていただき、ありがとうございます。

私の自己紹介をします。

🐶Kumi3のプロフィール

東京生まれ。

陶芸の仕事を12年間していました。その間、結婚出産、娘2人、息子1人、犬一匹います。

40歳を過ぎて鍼灸マッサージ師の資格を取り整形外科、鍼灸院、訪問マッサージ、リハビリの仕事をしてきました。

2010年に15歳次女、10歳息子とカミーノ・フランスの道930㎞に行きました。

2015年長女、2017年夫とそれぞれカミーノの一部を同行しました。

2020年ようやく子育てと介護が終わりました。

SNSやパソコンは苦手なのですが、本や動画を見ながら、なんとかこうしてブログを書いています。

 

カミーノの日常生活のブログです。

 

このブログは、カミーノ(サンティアゴ巡礼)の日常生活を日誌と写真で紹介していきます。

子ども・大人関係なく、カミーノはどんな生活なのか、どんな宿泊所(アルベルゲ)なのか、どんなトラブルがあるのか、かなり雰囲気が掴めるのではないかと思います。

2010年に歩いたカミーノですが、スマホ、ガイドブックも使わず、黄色い矢印だけで歩き、宿も予約を取らずといった、超シンプルなスタイルで歩きました。

たまたま、アクシデントが重なり、そうなってしまったのです。なにも、ねらってそうした訳じゃないのです~!

Kumi3

もし、これからカミーノに行くというひとは、多分スマホを持っていくと思います。きっと、より快適な旅ができるでしょう。カミーノの様々な情報のアプリがあったり、GPSを使うなどして道に迷うことなど、まずありません。

また、もしあえて「SNS絶ちして行く!」というのであれば、この実験的?なカミーノは、かなり参考になるかもしれません。

 

ブログを始めたきっかけ

 

ブログをはじめたきっかけは、カミーノ、サンティアゴ巡礼がメディアに取り上げられ、みなさんに知れ渡っていくに連れ

「えっ行ったことあるの?」

「子ども連れて!? 学校は?何日ぐらい?いくらかかったの?など、それはそれはよく聞かれるようになりました。

そのたびにカフェなどで写真を見せつつ、カミーノの紹介をしていました。それは、それで楽しかったのでした。カミーノの日々を回想し、相手の感想やアイデアも聞きながら…。何回でも、何十回でも…。

そのうち、家庭的なお茶会、児童館、中学校などで、お話しを聞かせて欲しいということが起きてきました。面白い事件をピックアップして紹介していました。

それで「サイトがないのですか?」と聞かれました。

あ、サイトですか?無いです。あったほうがいいですか…?ハイっ、ではコンピューター苦手ですが、頑張って作ってみます!

Kumi3

という訳で作り始めたのでした。

そんな風で、はじめは自発的というよりは、外から言われてのことした。

 

実際に歩いてみて気付いたこと

 

実際に歩いてみて感じたことがありました。

世界各国、老若男女がカミーノを歩きに来ている中、学齢期の子どもがいるお母さんとは、ほとんど出会いませんでした。(一組、おばあちゃんと娘家族、10歳8歳の姉妹に会いました。)

学齢期の子どもがいるお父さんは何人も歩いていました。自国の子どもの写真を見せてくれる人もいました。

子育てが終わったお母さんリタイヤしたおじさんは多く歩いていました。

学齢期の子どもは、カミーノに来る目的のために学校を休ませて来ることは、まずありません。もし、学校生活が順風満帆であれば、私たちもカミーノに来ていなかったことでしょう。

それと連動して、学齢期の子どもがいるお母さんも、カミーノを歩くことは難しいのでした。

さらにまた、お母さんだけ子どもを置いてカミーノを歩きに来る、ということもさらに難しいことなのでした。(そこがお父さんと違いますね。)

そういったわけで

私は最もカミーノを歩きづらい時代の人…。いろいろな出来事が重なって歩く機会を得たのだわ…。

Kumi3

 

学校は休むけれど個人的に課外授業のつもり

 

15歳の中3娘と10歳の小5息子と母で行ったカミーノは、毎日が予測不能でしたが、いつも何とかなるのでした。そこには、ぎっしりと詰まった、自然のやさしさと厳しさ、自分たちの頑張り、誰かの助け、奇跡、事件…がありました。

私たちのそれらの記憶は、その日を歩くことで精いっぱいで、今日のことは次の日の事件に塗り替えられてしまうのでした。

それで、カミーノの毎日をなるべく写真に撮り、ささいなことも日誌に残していきました。

また、学校を休んでカミーノに来ているということは、多少なりとも胸にひっ掛かりがありました。

「あとで、レポート出してくださいね。」と中学校で言われるかもしれない…と思ったり(無かったですが…。)

小学校では「帰ってきたら写真を見せてくださいね。」という声掛けがありました。

なにしろ、私はカミーノに子どもたちを連れ出した張本人…

とにかく、聞かれたらいつ、どこで、何を?ぐらいは答えられるようしておかなくちゃ!

Kumi3

といった使命感のようなものがありました。

 

ブログを書きながら気付いたこと「運転手は君だ!」

 

そして、私も記憶力の低下っぷりもなかなかのものでした。

いま、スペインを子どもたちと歩いているという貴重な日々を、書いておかないと私も忘れてしまうわ~!あれ?、昨日のランチも思い出せない…。

Kumi3

それで日誌は、毎日ノートにびっしりと文字で埋め尽くされました。

カミーノ、アジア旅日誌

歩き終わった午後、消灯のあとは皆が寝静まったキッチンやバスルームの小さなライトの下で、起きたことや言葉をメモしました。

これをもとに、写真と合わせて自分のサイトを作ればいいのね。コンテンツはばっちりよ!

Kumi3

ところが、このブログ作りというのは、私のとってとてもやっかいでした。サーバーとかドメインとか、はたまたデバイス、タグといった基本的な言葉の意味すら、私にはさっぱりわかりませんでした。

結局、本や動画を見ながら、2年越しでやっと記事が書けるようになりました。

そうして、書くことに集中できるようになり、当時の日誌をよくよく見てみると、私は勘違いをしていたことに気が付きました。

例えてみれば、ずっと私が旅という車に子どもたちを乗せ、運転手をしていたというイメージでした。大人で母親で私がお財布を持っていましたから。けれど、カミーノの毎日の出来事は…

子どもたちが運転をして、私が車窓から景色を見せてもらっていたのじゃないかしら⁈

Kumi3

と言えるほど、逆転した印象を受けるのでした。

 

そこには、2つの要素がありました。

子どもがいたからこそ展開したグローバルなカミーノ

 

大人同士であれば、声を掛ける時に「お邪魔じゃないかナ?」とか「言葉が通じなかったらどうしよう…。」といった遠慮躊躇が出てしまうものです。

それが、子どもに対しては、ただ、近くにいただけで、気軽に話しかけてくれました。

地元スペインのおじいちゃん、おばあちゃん、オスピタレロ、フランス、ドイツ、オランダ、韓国、エクアドル、カナダ、アメリカ、イギリス…、そして現地で会った日本人の方々…、

「おい、ペケーニョ!(ちび助)コーラ飲むか?」

「Radio Headの曲どれが好き?」

「へイ、犬見るかい?」

それで旅がさらに楽しく、グローバルに展開していったのでした。

 

疲れるとわかっていても、遊んでしまうカミーノ

 

背中のバックパックが重く、その日の距離も長く、アルベルゲ(宿)が早い者勝ちでいっぱいになってしまうことが分かっていても、ブランコがあれば乗り、カエルがいたら踏まれないか心配になり安全なところへ逃がし、川があれば石切りをしてしまう…。

効率や疲れることなどを、まったく度外視した歩きっぷりでした。

気の向くままに遊び歩くカミーノを、せかし怒ることもありましたが、そのうち私も一緒になってブランコに乗り、カタツムリを探し、雲の影を飛び越しながら歩くようになりました。

子どもたちの遊びたい衝動に巻き込まれ、また、子どもの横でそれをするなら恥ずかしくもなく(これ大事!)うまいこと子どもに返ることが出来ました。そして存分に楽しみました。

えっ!出発する前に卓球の朝練するの?まあ、いいか~。

Kumi3

子どもたちは、始めの頃は歩き慣れず、へろへろに疲れ、スペインの勝手がわからず、10歳息子などは何でここに来たのか訳もわからず、フラストレーションも溜っていました。

425伝叫ぶ

この先、長いのに…。大丈夫かな、わたしたち…。

Kumi3

ところが一週間もすると体力が付いて来て、一日の流れも分かってきました。すると子どもたちの巡礼生活は、活き活きと鮮やかに色付いてきました。

ちょっと前までは、自然や道や言葉が敵だったのですが、しばらくすると、それらと友だちになっていました。

サンティアゴ大聖堂が近くなるにつれ

ヤダー、終わりたくない!!

Den

大西洋まで歩きたい!そうしたら、カミーノがもっと伸びるもの!!

Chai

と、少しでも長くカミーノに留まりたい!と終わりを惜しみました。

たまたま、学校が合わず体調を崩すというマイナスのことがあり、カミーノに来ました。けれど、この言葉を聞いて

プラスになって帰ることができそうね。ここに来るまで、始めはいろいろ心配して私が連れて来たけれど、終わりは子どもたちが私を連れて行ってくれたわ~!

Kumi3

スペイン巡礼旅のセッティングは私がしたのですが、いつしか子どもたちはカミーノと歯車ががっちりと合い、さらに自分で動力をしながら、私をもけん引してくれたのでした。

 

カミーノは知っておくと役に立つかも!

 

カミーノは、時には逃げ場になるかもしれません。

と言うとなんだか、よくないイメージかもしれません。高速道路で言えばサービスエリアとでも言いましょうか。

日常の速さから減速して、いっとき抜け出してみるような…。

私で言えば、母親=子どものこと、家族のこと、仕事のこと、そして一人の個人としての夢、そのどれもが複雑に重なり合い前がよく見えなくても、止まるわけには行かず、ただ頑張るしかない…、そんな時期があるものです。

ひゃぁ~、どこか、逃げ場があったらいいのに~。

Kumi3

組み込まれた日常から抜け出したい。スペインの巡礼路でも行けたらなぁ~。

そこにはたくさんの高いハードルがあることを知っています。いやいや、何もカミーノまで行かなくても…。

近くの日帰り温泉や銭湯で、十分気持ちをリフレッシュすることができます。私も今までもそうしてきました。これからも多分そうです。

ただ、どうにもならない時もあります。

そんな時、カミーノを知っていたので私は行くことを選択枝にできました。

道であった数人のひとが、

仕事の壁、人生の壁に、生身でぶつかったら自分が壊れてしまいそう…

親しい人を亡くした…

そういったことがキッカケで、カミーノを歩きに来ていました。

カミーノをサービスエリアにして自分とゆっくり対話をする時間を持つ…ということや、

また、カミーノを歩くことは決して楽ではないので

歩く限界を感じたのち、水や食べ物が心の底からおいしい!という「生の喜び」を感じ、ムシャムシャと食べる生命力を自分の中にみつける…といったこと。

そうした日々が、きっといつの間にか「癒し」になっていくのだと思います

そんな訳でもしかすると、

カミーノを知っていると、いつか何かの役に立つかもしれません。

サイトでは、ちいさなケンカや取るに足らない出来事から、奇跡の大事件、スペインの雰囲気、たくさんの教会、自由な犬、牛の臭い…、

そして、現れては消えていく巡礼で出会った人々が残してくれた素晴らしいメッセージを書き起こしてみました。

そして、カミーノはカトリックでなくても行くことができます。

「時間とお金が出来たから、ふらっと行ってみたいナ!」そんな思い付きでもウェルカムなのです。

サンティアゴ巡礼のゴール、サンティアゴ・デ・コンポステラ街の巡礼事務所でもらう巡礼証明書は、三種類ありました。

①カトリック

②スピリチュアルの探求

③興味

私たちは②の「スピリチュアルの探求」を発行してもらいました。そんな言葉が用意されていたとは!

このブログでカミーノの旅生活を、少しでも楽しんでいただけたら、本当に嬉しく思います!

Kumi3

サンティアゴ大聖堂前で集合写真モノクロ

 

この記事を書いている人 - WRITER -
アバター
2010年4月、母と15歳娘と10歳息子の3人は、東京からスペインへと向かいました。サンティアゴ巡礼の道(カミーノ)930㎞を歩くためです。期間は60日間、学校は3か月休みました。私と子どもたちは旅生活の中、世界中の人々と出会い、素晴らしい奇跡、また、がっかりな事件…と、学校では教わらないことをカミーノは教えてくれたました。スペインの景色や巡礼の生活風景を写真とともに紹介していきます。
詳しいプロフィールはこちら

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です